87話 善兵衛、海の匂いを嗅ぐ
港町は、いつ来ても落ち着かない。
潮と油、
異国の香辛料、
そして金属の匂い。
善兵衛は、
その混じり合った匂いの中に立っていた。
南蛮船が入ると聞いたのは、
ほんの数日前。
――正木の屋敷で聞いた、
あの“さりげない話”が、
まだ胸に残っている。
商人の顔
「……さて」
善兵衛は、
自分に言い聞かせるように呟く。
これは、儲け話じゃない
だが、儲けに繋がる
何より――
面白い
南蛮商人との接触
船着き場の片隅。
異国の衣をまとった男が、
木箱を改めていた。
年の頃は四十前後。
目は鋭いが、
笑うと柔らかい。
「話をしたい」
善兵衛は、
ためらいなく声をかけた。
通訳が間に入り、
南蛮商人は首を傾げる。
「……商いか?」
「ええ。
ただし、
少し変わった」
“売らない”話
善兵衛は、
あえて商品を見せなかった。
代わりに、
一枚の紙を差し出す。
そこには――
米の収量
塩の流通
酒の品質管理
医療施設の存在
細かすぎるほどの記録。
南蛮商人の眉が、
わずかに動いた。
「これは……
一商人の持つ帳面ではないな」
善兵衛は、笑う。
「ええ。
だから、
“売り物”ではありません」
南蛮側の興味
「では?」
「“人”です」
その一言で、
場の空気が変わった。
正木・里見の名
「関東の里見」
通訳がそう告げた瞬間、
南蛮商人ははっきりと反応した。
「……北条の裏か?」
「いいえ」
善兵衛は、首を振る。
「北条とは距離を置いている」
「しかし、
戦に走らない領地だ」
“学びたい”という要求
「欲しいのは、
武器ではない」
「技術だ」
蒸留
金属加工
ガラス
薬
南蛮商人は、
黙って聞いている。
そして、
静かに言った。
「それを、
子どもが考えたと?」
善兵衛は、
一瞬だけ迷い、
それから答えた。
「……はい」
南蛮側の判断
沈黙。
潮の音。
やがて、
南蛮商人は笑った。
「面白い」
「武器を欲しがらぬ領地は、
珍しい」
「しかも、
それを“学び”と言う」
興味の正体
「その子は、
表に出るか?」
善兵衛は、
きっぱりと首を振る。
「出ません」
「ならば」
南蛮商人は、
箱を閉じた。
「こちらから、
“見に行こう”」
種が蒔かれる
その日、
契約は結ばれなかった。
書も、印も、ない。
ただ――
技術者を“商人付き”として派遣
正木・里見の名は伏せる
数年単位の様子見
それだけが、
静かに合意された。
南蛮商人の独白
船に戻りながら、
男は呟く。
「子どもが考え、
大人が守り、
商人が動く」
「……危ういが、
強い」
「正木、か」
余韻
数日後。
善兵衛は、
一通の短い報せを持って
正木の門を叩く。
「……食いつきました」
それだけで、
桜には十分だった。
桜の脳内戦略会議(小さな声)
武器じゃない
戦でもない
でも、
世界と繋がった
次は――
どう“見せない”か
次はどんな展開でしょうか笑
皆さんなら気が付きますよね
いつもの後書きという名のお願い
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