第9話「姫の脳内戦略会議 ― 土と名と棚の役目」
朝。屋敷の外で小鳥が鳴き、まだ冬の冷気が残る。
正木桜は畑に立っていた。前世で受けた現代教育の知識は膨大だが、ここでは誰にも通じない。だから彼女はいつも頭の中で会議を開く。
■ 脳内戦略会議(桜の頭の中)
A「土壌改良って言っても伝わらないぞ」
B「だから “土の体調を整える” って言い換えろ」
C「区画整理は “畑を家ごとの部屋に分ける” だ」
D「戸籍は “人の根っこを記す台帳” でいけ」
桜(脳内)「よし、その路線でいく。用語は噛み砕いて、理念は曲げない」
■ 畑の改良と区画分け
家臣たちが農具を担いで集まる。
桜はすでに地面に簡易的な線を引いていた。石灰で描いた白い線だ。
桜「この畑、今までは “一間” で使ってたけど、今日からは “小部屋” に分ける」
農民「小部屋?」
桜「そう。土が育つ力を戻すには、一度に全部じゃなく、分けて世話する方が強くなる。
だから線を引いて、耕す人と土の約束を決める」
宗吉「では一ノ部屋は?」
桜「宗吉。あなたの区画」
宗吉「私が?」
桜「うん。あなたが握った土の硬さ、耕す癖、全部知ってるから」
周りは驚くが、桜は淡々と続けた。
「まず土の寝床を作る。藁と枯れ草を刻んで混ぜる。
次に食事。糠と落ち葉。
それから “声の詰まり” をとるために灰を撒く。
最後に耕す時は “土に息をさせる気持ち” で掘り返すの」
農民「息…?」
桜「苦しくないようにってこと。土は固めすぎると根が入れない。
だから押さえつけず、ほぐすつもりで耕すの」
皆はその意味を少しずつ理解していく。
■ 管理台帳の導入と棚の使い道
作業が進む中、桜は納屋に戻った。そこには先日大工に作らせた棚がある。
父・椿が腕を組んで見ていた。
椿「その棚、ただの書棚じゃなさそうだな」
桜「うん。畑を強くする戦の司令塔」
椿「戦?」
桜「うん。でも敵は土の弱さ。味方は耕す人」
椿は吹き出しながらも興味津々だ。
桜は棚に板札を差し込んでいく。
それがこの時代では珍しい “管理台帳” の原型だった。
【一ノ区画】
耕し手: 宗吉
家族: 父・母・弟2
土の寝床: 藁 2束、草 1籠
土の食事: 糠 1袋、落葉 2籠
息入れ(耕し): 3日ごと
次の約束: 灰入れ 5日後
宗吉が覗き込む。
「家族のことまで書くのですか?」
桜「うん。畑は人だけじゃなく “家の力” で育つから。
これからは誰がどの土を強くしてるか、家ごとの力も一緒に記す。
これを積み重ねれば、畑はもっと応えてくれる」
宗吉「なるほど…確かに軍議のようです」
桜「そう。戦略ってやつ」
桜(脳内)A「戦略って言っちゃったな」
B「ギリセーフ。軍議に似てるから通じた」
C「次からは “作戦” って言え」
桜は心の中で自分にツッコミながらも満足していた。
■ 囲炉裏での家族団らん
夜。囲炉裏の火が赤く揺れる。
母・椿は桜の頬の土汚れを指で拭った。
母「今日も泥だらけね、桜」
桜「うん。でも土の声、昨日より強かったよ」
弟「また声って言ってる」
桜「そう。土が元気になってるってこと。手に返ってくる感じが違う」
父「で、その “部屋分け” はうまくいったのか?」
桜「うん。皆が自分の土って意識で耕し始めた。
それだけで畑は変わる」
父「ならその棚も役に立つな」
桜「うん。棚は土と人の記憶装置。忘れないための場所」
母「また変な言葉使ってる」
桜「ごめん、独り言」
家族はまた笑った。だが、桜の行動力は笑い話では済まない規模へ向かい始めていた。




