閑話 里見の受け止めと雪姫とまな姫と桜
一、里見の受け止め(安房・館山)
里見の評定は、珍しく重苦しさを帯びていなかった。
官位の向上——それは兵も米も伴わぬ、紙一枚の栄誉にすぎぬ。だが戦国において、その紙一枚が持つ重みは、時に城一つに勝った。
「朝廷は、我らを“選んだ”ということだ」
家中の年長者が、静かに言った。
仮御所整備という名目は、実のところ里見にとっても都合が良い。表向きは主上の安寧、内実は——
京との直結
他家に先んじた官位
“朝廷に近い家”という看板
これらを一挙に得たことになる。
「これで、軽々に裏切れぬな」
若い家臣の言葉に、誰も否とは言わなかった。
それこそが、近衛前久の狙いであり、主上の御心でもある。
里見は、忠を示さねばならぬ。 示し続けねばならぬ。
——だが同時に。
「北条が、黙ってはおるまい」
この一言が、評定の空気を引き締めた。
官位とは、褒美であると同時に、矢である。 向けられる先は、里見自身でもあるのだ。
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二、京の空気(仮御所近く)
京は、相変わらず静かだった。 静かすぎるほどに。
仮御所の整備が進む中、 女房衆の動きも、僧の出入りも、どこか慎重さを帯びている。
その一角。
雪姫、まな姫、桜は、 人目を避けた小さな庭に集っていた。
「里見の官位が、上がったそうですね」
まな姫が、柔らかく言う。
「ええ。御所の改修も、これで本格化するでしょう」
雪姫は微笑みながらも、目は冴えている。
桜は、二人の言葉を聞きながら、庭の砂利に視線を落としていた。
——官位。 ——忠勤。 ——御心。
それらが並ぶ時、 そこには必ず、見えぬ代価がある。
「……喜ばしいこと、だけではありませんね」
桜の一言に、 二人は視線を向けた。
「里見は、逃げ道を一つ失いました」
静かな声だった。
「朝廷に近づいた分だけ、 戦からも、裏切りからも、 遠ざかれなくなった」
雪姫は、わずかに目を細める。
「よく見ているのね」
「見ざるを得ません」
桜は、はっきりと言った。
「仮御所を守るということは、 主上を守るということ。 そして—— 主上を守る者を、守らねばならぬということです」
まな姫は、ふっと息をつく。
「つまり、これからは」
「ええ」
桜は頷いた。
「武よりも、名分の戦。 刃よりも、言葉の戦です」
京の空は、薄曇りだった。
その雲の向こうに、 誰が何を見ているのか——
三人は、まだ知らない。
だが確かなのは、 この日を境に、 京と里見と、そして彼女たち自身が、 同じ糸で結ばれたということだけであった。
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※次回フック案
北条側に届く官位の噂
仮御所警護に紛れ込む“草”
桜に向けられる密かな打診




