76話 伊賀から来た来訪者
――里見・城中
その少女は、目立たなかった。
年の頃は十二。
背は低く、声も小さい。
荷を運ぶ女童に紛れれば、誰も足を止めない。
ただ一つだけ――
目だけが、周囲を数えていた。
城門をくぐるとき、
廊下の曲がり、柱の影、風の抜け道。
すべてを一度見ただけで、頭に収める。
「……ここか」
小さく呟いた声は、風に消えた。
密談 ――義堯・百地・まな
その配置は、すでに決まっていた。
「伊賀から一人、預かりたい」
百地三大夫の申し出に、
里見義堯は即答しなかった。
「忍びを、城の中に?」
「表には出ません。
姫の“影”として、です」
義堯は、まな姫を見た。
まなは、少し考え――頷く。
「侍女としてなら、違和感はありません」
「年は?」
「十二」
家臣がざわめいたが、百地は動じない。
「幼いからこそ、見られぬ。
幼いからこそ、疑われぬ」
そして一言、付け加えた。
「伊賀で一番、刃を使わぬ者です」
それで十分だった。
「……よかろう」
義堯は静かに言った。
「だが条件がある」
「承知」
「使い捨てにはせぬ
里見の人間として扱う」
百地は、ほんの僅かに目を伏せた。
「それを聞きに来ました」
侍者として
少女は、まな姫の部屋に通された。
「名は?」
「……まだ、ありません」
その答えに、まなは微笑んだ。
「では、ここで生きる名をもらいなさい」
まな姫は、少しだけ声を和らげて続けた。
「服部 星
呼ぶときは……ひかりで」
少女は一瞬、言葉を失った。
星――
夜に溶け、遠くからは見え、
だが決して掴めぬもの。
それは、忍びとして与えられるには
あまりにも――温かい名だった。
「……ひかり、で、ございますか」
「ええ」
まなは頷く。
「あなたは、私のそばで生きる。
ならば、闇だけの名ではなくていい」
星――ひかりは、深く頭を下げた。
「以後、
まな様のひかりとして、お仕えします」
その言葉を、桜は廊下の陰で聞いていた。
(いい名をつけたな……)
闇を知る者ほど、
光の意味を知っている。
その日から、城の記録にはこう残る。
――
里見まな姫 侍者
服部 星(通称:ひかり)
――
そして誰も知らぬまま、
ひかりは“守るための人生”を歩き始めた。




