73話 雪姫からの手紙
――朝廷側の空気
朝の光が、障子越しに差し込む。
桜が机に向かっていると、
控えめな足音とともに文が差し出された。
「……京?」
封に、見覚えのある筆。
雪姫。
手紙の文面(要約ではなく“空気”)
桜さま
春の気配が、都にもようやく届きました。
父はこの頃、静かに人の流れを見ております。
剣ではなく、声と印が行き交う様を。
近頃、
「里見」という名が、
不思議と評定の端に置かれるようになりました。
大きくもなく、
小さくもなく、
ただ――消えない名として。
それが、良いことかどうかは
まだ、誰にも分かりません。
けれど。
知ってしまった名は、
忘れられないものです。
いつか、
こちらの春と、そちらの春が
同じ卓に並ぶ日が来るかもしれません。
その時、
桜さまが“桜さまのまま”でいられるように。
それだけを、
私は願っております。
雪
桜の反応(脳内)
「……圧、かけてこない」
「でも……」
「もう、見られてる」
朝廷は、
命令もしない。
条件も出さない。
ただ、
存在を認識したと伝えてくる。
それが、
一番怖い。
商人が持ち込む“予想外の提案”
同じ日の午後。
正木の屋敷に、
一人の商人が通された。
善兵衛――
梨良の父ではない。
もっと古い筋の男。
「……お初にお目にかかります」
頭を下げながら、
目は鋭い。
商人の言葉
「桜さま」
「単刀直入に申します」
「里見と正木を結ぶ“窓口”を、我らに任せてはいただけませぬか」
桜の指が、わずかに止まる。
「窓口?」
「はい」
商人は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「朝廷に“直接”触れぬように」
「北条に“睨まれぬように」
「しかし、名と品と流れは、確実に通す」
「そのための――」
「商いという名の盾でございます」
提案の中身
表向きは
特産物流通の拡大
実際は
情報と人の流れの整理
里見・正木は
「作る側」「選ぶ側」
汚れ役・危うい交渉は
商人が被る
「……」
桜は、黙ったまま聞いている。
商人の最後の一言
「姫さま」
「これは、同盟ではありません」
「保険です」
「使わなくてもよい」
「だが――」
「無いと、いざという時に死にます」
桜の脳内戦略会議(短)
(朝廷)
→ 見られている
(北条)
→ 風魔がいる
(伊賀)
→ 刃はあるが、盾がない
(商人)
→ 盾になれる
「……」
桜は、すぐには答えなかった。
これは、
動かないための準備だから。
回の締め
その夜、桜は二つの文を並べて置いた。
雪姫の、やさしい手紙
商人の、現実的な提案
「……逃げ道じゃない」
「立ち位置を選べってことだ」
桜は、静かに息を吐いた。
至高の海は、
まだ深い。
だが――
流れは、もう見え始めていた




