66話 影の主 ――百地三大夫の視点
忍びの報告は簡潔だった。
「女童が一人。年の頃は七、八」 「護衛は控えめ」 「だが……妙です」
百地は、その“妙”という言葉に、
わずかに目を開いた。
(妙、か)
忍びがそう言う時、
それは大抵――
殺しにくい相手だ。
強いからではない。
守りが固いからでもない。
“殺してはならない気配”を持つ者。
影が影を認識する
(……似ている)
百地は思った。
かつての自分。
まだ組織を作る前、
誰の命も背負っていなかった頃の――
ただ、考えていた時の自分に。
年若い。
身体は脆い。
だが思考が、
すでに「個」ではなく「全」を見ている。
(この童……)
(守られているのではない)
(守る側だ)
忍びの直感
百地は、側に控える者へ静かに告げた。
「手は出すな」
「見張りも要らん」
忍びが一瞬、言葉を失った。
伊賀では、
“見張らない”という判断が最も重い。
それはつまり――
相手を“信じる”という意味だからだ。
「……理由は?」
百地は、囲炉裏の火を見つめたまま答えた。
「この童はな」
「風を切り裂きに来たのではない」
「風の流れを、
変えに来た」
名を知らぬまま
まだ、名は聞いていない。
だが百地には分かっていた。
この出会いは、
偶然ではない。
伊賀が、
里見が、
北条が、
そして――
この国そのものが変わる“節”。
その中心に、
小さな少女が立っている。
(……面白い)
百地三大夫は、
この日初めて、声を出して笑った。
「連れて来い」
「だが――」
「武器は持たせるな」
「言葉だけで、来させろ」
それができるかどうかで、
この童の“器”が分かる。
影が影に会う前に
囲炉裏の火が、ぱちりと弾けた。
百地は、静かに呟いた。
「……時代は、
童に追い越されるものだな」
影は、
すでに見つけていた。
あとは――
互いに名を名乗るだけ。




