62話 新たなる出会い
――慈光尼という女
三十代半ば。
名を慈光尼という。
表向きの顔は、寺に身を寄せる一介の医女。
剃髪は浅く、尼衣も質素。
戦で家族を失った子どもや、流民の女たちを診る、
どこにでもいる「優しい尼」――それが世間の認識だった。
だが、その実。
慈光尼は
内政・兵站・医療・外交助言を横断して担う、非公式の軍師役であった。
まなの参謀
慈光尼の立場は、あくまで里見まなの参謀。
正式な役職も、軍議の席も持たない。
それでも――
まなが動く場には、必ずと言っていいほどその姿があった。
評定の後ろ。
会談の脇。
あるいは茶の湯の席。
「姫様、よろしいでしょうか」
柔らかな声で一歩前に出ると、
家臣たちは一瞬、言葉を失う。
言っていることが、
あまりに筋が通りすぎているからだ。
義堯と対峙する女
ある時、まなに付き添い、
里見義堯との会談の席に同席した。
家臣の一人が言った。
「尼ごときが政に口を出すとは――」
その瞬間、慈光尼は微笑んだ。
「恐れながら申し上げます。
尼であればこそ、
“人が死なぬ策”を申し上げられます」
場が凍りついた。
義堯は黙って、彼女を見つめた。
怒りも、嘲りもない。
――値踏みだ。
慈光尼は一歩も引かず、
兵糧、街道、診療所、人口流入の数字を
静かに、淡々と並べた。
感情ではなく、
現実だけを武器にして。
その日以来、
義堯は彼女を「尼」とは呼ばなくなった。
優しさと豪胆さの同居
慈光尼は、決して声を荒げない。
誰かを罵ることもない。
だが、
退くべきでない場面では、決して退かない。
姫を守るためなら、家臣ともやり合う
民を守るためなら、領主にも意見する
戦を避けるためなら、嫌われ役を引き受ける
その姿に、まなは思った。
(この人は、
私が“命じる側”になるために必要な人だ)
桜の視点(伏線)
桜は、慈光尼を一目見て理解した。
(あ、この人は――
“全部を知ってて、黙ってきた人”だ)
だからこそ、桜は安心して
「考える役」を任せられる。
慈光尼がいる限り、
誰かが潰される前に、
誰かが傷つきすぎる前に、
必ず止めが入る。
慈光尼の登場により、
里見の中枢は静かに変質していく。
剣ではなく、
命の数で戦を測る女。
その存在は、
やがて他国にも――
「里見には、妙な尼がいる」
という噂として伝わり始める。




