56話 姫として、初めて命じる
朝の城は、いつもより静かだった。
評定の間に集められたのは、
里見家の重臣数名と、城下を預かる役人たち。
その上座に座るのは――
里見義堯。
そして、その一段下。
静かに座す、里見まな。
(……ここに座る日が来るなんて)
胸の奥が、ひやりと冷える。
だが同時に、昨夜の父の言葉が背を支えていた。
「残ると決めたのは、そなた自身の意志だ」
まなは、小さく息を吸い、顔を上げる。
義堯が一歩、前に出た。
「本日の評定、
まずは――姫の言葉を聞く」
その一言に、場の空気が変わった。
ざわ、と小さなどよめき。
(……本当に、私が)
まなは、視線を伏せずに立ち上がった。
豪奢な着物。
だが今日は、飾りは控えめ。
“見せる姫”ではなく、
“聞かせる姫”として、ここに立つ。
「……里見まなでございます」
声は、まだ幼い。
だが、震えてはいなかった。
「父上より、
この領に留まることを許されました」
一瞬、間。
家臣たちの視線が集まる。
「これは、守られた結果ではありません」
まなの指先が、きゅっと握られる。
「私が、この領に残ると――
自分で、願った結果です」
静まり返る評定の間。
「ですから……」
まなは、一歩前に出た。
「私は、里見の姫として、
この領の中に“居場所”を作ります」
一人の家臣が、思わず口を開く。
「姫、それは――」
まなは、遮らず、しかし逃げずに言った。
「まず、一つ、命じます」
その言葉に、
義堯の目が、わずかに見開かれた。
「城下の女たち、
そして子どもたちの学びの場を、
正式に里見の保護下に置いてください」
桜の顔が、脳裏をよぎる。
学ぶことで、
人は選べるようになる。
「これは、慈悲ではありません」
まなは、はっきりと言った。
「将来、この領を支える“人”を育てるためです」
家臣たちは、互いに視線を交わす。
若い。
だが――浅くはない。
「次に」
まなは、言葉を継いだ。
「桜とその配下が進めている開発――
それらに関わる者を、
私の直轄とします」
どよめきが、今度ははっきりと広がった。
それは、
“庇護”ではなく、“責任”を負う宣言。
「彼女たちは、
利益を生むだけの存在ではありません」
まなの声は、静かだが強い。
「この領の未来を形にする者です」
一拍、置いて。
「だからこそ――
私が守ります」
評定の間に、沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、
義堯だった。
「……聞いたな」
低く、しかし確かな声。
「これは、姫の命である」
家臣たちが、ゆっくりと頭を下げていく。
「――ははっ」
その光景を前に、
まなの胸に、じわりと熱が広がった。
(怖い)
(でも……逃げなかった)
姫として、
初めて「命じる側」に立った瞬間。
その背後で、義堯は何も言わず、
ただ一度、深くうなずいていた。




