54話 決断を聞いた夜
――里見まな 視点――
夜は、思ったより静かだった。
障子の向こうで、風が庭の木を揺らす音がする。
昼の評定が嘘のように、世界は何事もなかったかのように落ち着いている。
まなは、灯りの前に正座したまま、じっと手元を見つめていた。
(……残る)
その言葉が、まだ現実の形を持たない。
父――義堯の口から、
「里見の領に留まる」
と告げられた時、胸の奥が一瞬、熱くなった。
嬉しい。
ほっとした。
……けれど、それだけではなかった。
(私は、選ばれた)
嫁がされなかったのではない。
守られただけでもない。
「領に残る姫」として、
意味を持つ存在になる。
それは、逃げ場がなくなるということでもある。
まなは、そっと息を吐いた。
(怖くない、わけがない)
もし外へ嫁げば、
自分一人の人生で済んだかもしれない。
けれど残れば、
争いが起きた時、
不作が来た時、
疫病が流行った時――
「里見の姫」は、必ず矢面に立つ。
(それでも……)
脳裏に浮かんだのは、桜の顔だった。
年下で、
小さくて、
なのに、大人よりも真っ直ぐな目。
『桜と配下が、まな姫の配下になります』
あの言葉は、
慰めでも、勢いでもなかった。
(あの子は、もう覚悟していた)
だからこそ、まなは思う。
(私が、迷ってどうするの)
灯りが、ふっと揺れた。
まなは膝の上で、手を重ねる。
嫁ぐ先を選ばれなかった夜は、
長い間、眠れなかった。
行き先も知らされず、
ただ「その時」を待つだけの夜。
でも今夜は違う。
(私は、ここにいる)
残ると決まった。
逃げないと決まった。
ならば――
(里見の姫として、
恥じない生き方をしよう)
誰かの道具ではなく、
誰かの犠牲でもなく。
人を支え、
人に支えられる姫として。
ふと、まなは小さく微笑んだ。
(……桜)
あの子が背負うものも、決して軽くない。
だからこそ、自分も背負う。
同盟でも、取引でもない。
――並んで立つ、覚悟。
夜は深く、静かに更けていく。
灯りを消す前、
まなは心の中で、そっと誓った。
「私は、ここに残る。
そして、この選択を後悔しない」
その夜、
里見まなは初めて、
“自分で選んだ未来”を抱いて眠りについた。




