53話 義堯が領全体を見る判断で下した決断
評定の場が静まり返る。
重臣たちは誰一人、口を開かなかった。
それぞれが、この件がただの縁談ではないことを理解している。
里見義堯は、ゆっくりと視線を上げた。
――里見の姫を、どこへ嫁がせるか。
それは家の問題であり、同時に領の命運を左右する政治だった。
(もし外へ出せば、血縁は武器になる。
だが同時に、刃にもなる)
義堯の脳裏には、過去の記憶がよぎる。
婚姻が引き金となり、国境が燃えた例は一つや二つではない。
そして、桜の言葉が思い返される。
「外交の道具ではなく、
領内を強くする選択肢もあります」
幼い声だった。
だが、その中身は誰よりも現実を見据えていた。
義堯は、重臣たちを一人ずつ見渡した。
「……里見まなは、外へは出さぬ」
小さなざわめきが起こる。
だが義堯は構わず続けた。
「他国に嫁がせれば、一時の安寧は得られる。
しかしそれは、将来の争いの種を抱え込むことでもある」
そして、はっきりと言い切った。
「まなは、里見の領に残す。
婚姻は――領内の家と結ぶ」
その言葉は、
「内に力を蓄える」という宣言だった。
外に頼らず、
血と人と富を、領の中で循環させる。
「これは情ではない」
義堯はそう前置きし、静かに言葉を落とす。
「人口が増え、職が生まれ、治安を維持できる今だからこそ、
姫を守れる。
いや――姫を活かせる」
桜の存在もまた、この判断を後押ししていた。
医療、衛生、産業、治安。
目に見えぬところで領を支える仕組みが、すでに動き始めている。
「まなは、里見の“象徴”としてではなく、
領の未来を担う存在として残す」
それが、義堯の結論だった。
最後に、義堯は一言付け加える。
「この決断は、私が下す。
誰かに責を負わせることはしない」
それは、領主としての覚悟だった。
評定の場に、再び沈黙が落ちる。
――こうして、
里見まなの立場は公式に定まり、
桜とその配下は、守るべき未来を一つ増やした。
そして同時に、
この決断が新たな波紋を呼ぶことを、
義堯自身が誰よりも理解していた。




