第49話「試される忠と理」
城の朝は早い。
里見義堯の前に、数名の重臣が集められていた。
顔ぶれは、武断派と内政派が混じる、意図的な布陣だ。
「近頃、城下と正木領が騒がしい」
義堯の声は低く、感情を含まない。
「姫を中心に、人と物が動いているという話がある」
一人の家臣が、慎重に口を開く。
「……姫様の御名を使い、
正木の娘が動いていると聞き及びます」
別の家臣が、すぐに被せた。
「ですが、結果は出ております。
浜は潤い、畑は安定し、
争いの芽も減っている」
義堯は、黙ったまま指を組む。
(力を持たせすぎれば、
姫は“利用される”)
(だが、縛れば――
姫は“消耗品”になる)
そのとき。
「……正木の娘を、呼べ」
空気が変わった。
桜は、父と並んで御前に立った。
まだ幼い身体。
だが、視線は逸らさない。
「聞く」
義堯は単刀直入だった。
「お前は、
姫を守ると言ったな」
「はい」
「それは忠か?
それとも、算か?」
一瞬、周囲が息を呑む。
桜は、答える前に――
脳内で会議を開いた。
(忠義?
戦国の言葉だと重すぎる)
(算?
それだけでは冷たい)
(両方を、
“暮らし”に落とす)
桜は、口を開いた。
「どちらでもありません」
ざわり、と空気が揺れる。
「私は、
姫様が“残ることで困る人”より、
“助かる人”の方が多いと知っています」
義堯の眉が、わずかに動く。
「畑が回り、
浜が回り、
城下が回れば――」
「姫様がここにいる理由は、
自然に増えます」
「それは、
忠でも算でもなく」
桜は、はっきりと言った。
「流れです」
沈黙。
義堯は、ゆっくりと息を吐いた。
「……流れを作るには、
責任が要る」
「はい」
「失敗すれば、
姫の名が傷つく」
「その時は――」
桜は一歩、前に出た。
「私が、
正木が、
全て引き受けます」
年齢に似合わぬ覚悟。
だが、言葉は軽くなかった。
義堯は、しばらく桜を見つめ――
そして、笑った。
「試してみるか」
家臣たちがざわつく。
「三つ、条件を出す」
「一つ。
姫の名を使う時は、
必ず私に通せ」
「二つ。
正木は、
過剰に武を持たぬこと」
「三つ――」
義堯の視線が、鋭くなる。
「結果を出せ」
桜は、深く頭を下げた。
「はい」
その夜。
桜は、帳面を広げていた。
(通過点、クリア)
(次は――
“姫が何もしなくても回る仕組み”)
外では、城下の灯が増えている。
誰も知らない。
だがこの日――
里見の姫は、
初めて“試される側”から
“試す側”へと移った。
そして、その背後には、
確かに――
正木桜が立っていた。




