第43話 箱が語るもの
目安箱が置かれて、十日。
城下の片隅、浜、農村の入り口。
人目につくが、誰の顔も見なくていい場所。
最初に入ったのは、感謝の言葉だった。
「薬師殿が親切だった」
「子が助かった」
「診てもらえるだけで安心した」
父はそれを読み、うなずいた。
「悪くない始まりだ」
だが、桜は知っていた。
(箱は、慣れてからが本番)
二通目の束
五日後。
まとめて回収された紙束の中に、
明らかに質の違うものが混じっていた。
父は一枚を読み、眉をひそめる。
「夜、浜で金を取られた
名を名乗らぬ役人風の男たち」
別の紙。
「治安役が“見回り代”を要求してくる」
さらに。
「断ると“怪しい”と睨まれる」
部屋の空気が、冷えた。
「……誰だ、こんな真似をしているのは」
父の声は低い。
桜の視点
桜は、紙を一枚ずつ並べた。
場所、時間、人数。
言葉遣いの癖。
(これは、同じ集団)
そして、ゆっくり言う。
「父上……これは“賊”ではありません」
父が見る。
「“役人の名を使った者”か
もしくは――」
言葉を選び、続けた。
「役人そのものです」
沈黙。
制度の影
「常備兵を雇ったことで
“権限を持った”と思った者がいます」
桜は、目安箱を見た。
「そして、“声が届かない”と思った」
父は拳を握る。
「だから、箱に入った……」
「はい」
桜はうなずく。
「これは、箱が正しく機能している証拠です」
父は苦く笑った。
「皮肉な話だな」
父の決断
「この件、表には出すな」
桜は目を見張る。
「まず、内部で調べる」
・誰が見回りに出ているか
・誰が金を受け取ったか
・噂を流した者は誰か
「処分は静かに、確実に」
桜は、少し安心した。
(感情で動かない……)
桜の一言
「でも、父上」
「箱は、黙っていません」
父が見る。
「今回の件が解決されなければ
次はもっと激しい言葉が入ります」
そして、はっきり言った。
「“信頼”は、溜められません
減るのは、一瞬です」
父は深く息を吐いた。
「……分かっている」
箱は、敵でも味方でもない
その夜。
桜は、空の目安箱を見つめていた。
(これは武器だ)
正しく使えば、領を守る。
間違えれば、刃が自分に向く。
小さな木箱は、静かにそこにあった。
誰の味方でもなく。
ただ、声を集めるために。




