第42話 さらなる構想
常設の医療施設と目安箱 ―
流行り病が収まり、町に日常が戻りつつある頃。
桜は、父の前に座っていた。
机の上には、紙の束。
流行り病の記録、対処法、亡くなった人数、生き残った人数。
父は黙ってそれを読み終え、息をついた。
「……よくやった」
だが桜は首を振る。
「いいえ。偶然、助かっただけです」
そして、静かに言った。
「次は、もっと多くの人が倒れます」
父の視線が、鋭くなる。
桜は続けた。
「だから“その時だけ”では遅いんです」
常設の医療施設
「医師や薬師が、普段からいる場所が必要です」
・流行り病の時だけ集めるのでは遅い
・軽い怪我や病の段階で診る
・薬草や記録を保管する場所
「今は“家で耐える”しかありません
それが重くなる理由です」
父は腕を組む。
「常に医師を抱えるのは、金がかかる」
桜はうなずいた。
「はい。でも――」
「死人が出る方が、もっと高くつきます」
労働力、税、治安。
それを失う方が、領地にとって痛い。
父は苦く笑った。
「……理屈が商人だな」
桜は少しだけ照れた。
目安箱という発想
「もう一つ、お願いがあります」
桜は小さな箱の絵を差し出す。
「“目安箱”です」
父が眉を上げる。
「文句箱か?」
「違います。“知らせる箱”です」
・井戸が濁った
・病人が増えている
・薬が効かない
・役人が横暴
「声を上げられない人の代わりに、紙が喋ります」
父はしばらく黙る。
「……悪口も入るぞ」
「入ります」
桜は即答した。
「でも、本当に困っている声も入ります」
そして、付け加える。
「それを無視したら、噂になります
“聞かない領主”だって」
父は、はっとする。
噂の怖さは、商いで誰よりも知っている。
「読むのは誰だ?」
「最初は父上です
でも、慣れたら“読む役”を決めてください」
不正を恐れ、民が安心する。
それだけで、領内は静かになる。
父の決断
長い沈黙の後。
父は立ち上がり、桜の頭に手を置いた。
「……お前はもう、子供じゃないな」
桜は小さく首をすくめる。
「でも、子供です
だから、気づけることがあります」
父は笑った。
「よし。やってみよう」
・城下に小さな医療小屋を設ける
・薬師を一人、常駐させる
・目安箱を三箇所に置く
「失敗したら、私が責任を取る」
桜は深く頭を下げた。
(制度は、人を守る)
この日、正木領に生まれたのは
薬でも金でもない。
**“気づける仕組み”**だった。




