第41話 流行り病と治療薬
効かぬもの、効くもの ―
それは、季節の変わり目に始まった。
最初は一人。
次に二人。
やがて、同じ症状が町に広がる。
高い熱。
止まらぬ咳。
水を受けつけぬ衰弱。
「流行り病です」
医師の声は、重かった。
桜は即座に動く。
人の往来を減らす。
井戸を分ける。
症状のある者を一箇所に集める。
(感染症……間違いない)
だが、この時代には「病原」という概念がない。
「なぜ移る?」
「なぜ助かる者と死ぬ者がいる?」
桜の脳内会議が、今までになく荒れる。
(抗生物質は無理
ワクチンも無理
じゃあ、何ができる?)
まず、効かないものがはっきりする。
・栄養を与えても熱は下がらない
・蜂蜜も、酒も、咳を止めきれない
・薬草の多くは、ただの気休めだ
何人かが、桜の目の前で亡くなる。
八歳の桜には、重すぎる現実だった。
(万能じゃない
私は……神様じゃない)
だが、完全に無力でもなかった。
ある医師が言う。
「この者たち、汗をかいた後に少し楽になります」
桜ははっとする。
(解熱……体温管理)
そこから方針が変わる。
・無理に食べさせない
・水分と塩分を少量ずつ
・体を冷やしすぎず、熱を逃がす
・咳が出る者は布で口を覆う
さらに、効いたものが見えてくる。
・特定の草を煎じた飲み物で、呼吸が楽になる
・味噌湯に薄く生姜を加えると、体が持つ
・重症者を隔離すると、周囲の発症が止まる
治療薬ではない。
だが――対処法だ。
死亡者は出た。
しかし、想定より少なかった。
医師が静かに言う。
「……助かる者が、増えています」
桜は小さく頷く。
「病を治すことはできません
でも、耐えさせることはできる」
この経験は、記録された。
症状、経過、効いたもの、効かなかったもの。
すべてを文に残す。
「次に来る病のためです」
その紙は、後に“流行り病心得”と呼ばれる。
そして、噂が立つ。
「正木の領は、流行り病でも全滅しない」
「病を“恐れるだけではない”らしい」
それは武力でも、金でもない。
生き延びる知恵の噂だった。
夜、桜は一人で泣く。
救えなかった命の分だけ。
それでも、次の日には立ち上がる。
(いつか
“治せる日”が来るまで)
この時代にできる最善を、積み重ねる。
それが桜の医薬の始まりだった。




