第40話 命に触れるということ
― 新たな開発、医薬への挑戦 ―
病は、努力を嘲笑う。
食が満ち、町が整い、人が増えた。
それでも――人は、あっけなく倒れる。
腹を壊す者。
熱にうなされる子。
小さな傷から膿み、命を落とす者。
桜は八つになっていた。
衛生も、栄養も、流れも整えた。
それでも“治す術”は、ほとんど増えていない。
夜、桜の脳内で静かな会議が始まる。
(前世では……どうしてた?)
興味本位で読んでいた医学書。
図書館の隅にあった古い医薬品の本。
試験前に流し読みした、消毒と薬草の話。
(抗生物質は無理
でも……“それ以前”なら?)
思い出されるのは、近代以前の医療だ。
・酒で傷を洗う
・蜂蜜は腐りにくく、傷を塞ぐ
・カビが膿を抑えるという記述
・特定の草が熱を下げる話
(完全な治療じゃなくていい
“死なせない”だけでいい)
桜は翌日、父に頼む。
「父上、医師と薬師を集めてほしいのです」
「医か? まだ早いのでは――」
「いいえ。
人が増えた今だからこそ、必要です」
桜ははっきりと言った。
「病は、働き手も、子も、兵も奪います
これは情けではなく――国力の話です」
集められたのは、
町医者、山の薬草師、寺で薬を扱ってきた僧。
桜は教えない。
問いを投げる。
「この傷、酒で洗うとどうなる?」
「膿みやすいのは、どんな時?」
「腐りにくい食べ物は、なぜ腐らぬ?」
彼らが答え、議論し、実験する。
桜は脳内で整理する。
(殺菌
消炎
栄養補給
体力回復)
この時代で作れるものだけに絞る。
・酒精を使った洗浄
・蜂蜜と油を混ぜた軟膏
・乾燥薬草の規格化
・味噌汁による塩分と栄養補給
それは“薬”というより、
生き残るための知恵だった。
「奇跡の薬は作らぬ」
桜は釘を刺す。
「でも、“助かる確率”は上げられます」
医師たちは最初、半信半疑だった。
だが、傷の治りが早い。
熱で死ぬ子が減る。
少しずつ、空気が変わる。
「正木の領は、病で死ににくい」
そんな噂が立ち始める。
桜は一人、夜に思う。
(命を扱うのは、怖い
でも……触れなければ、何も変わらない)
剣でも、金でもない。
知識が、人を救う。
それを理解している者は、まだ少ない。
だがこの一歩は、
後に「医」と呼ばれる流れの始まりだった。




