第38話 荒銭から取れたもの
商人たちが正木の地に集うようになってから、目に見えて増えたものがある。
それは米でも布でもなく――荒銭だった。
欠け、歪み、文字も判然としない銭。
他領では嫌われ、額面通りには扱われぬそれが、ここでは山のように積まれていく。
「これほど集まるとはな……」
炉の前で職人が呟く。
荒銭は選別され、砕かれ、火にかけられる。
不純物が落とされ、残ったものは――確かな金と銀だった。
量は一枚一枚では僅かでも、集まれば違う。
正木家はそれを貨幣としてではなく、資源として見ていた。
金は装身具や贈答品へ。
銀は延べ棒にされ、取引の裏付けとなる。
質の安定した金銀は信用を生み、信用は人と物を呼ぶ。
商人の流れが、目に見えて変わった。
「正木を経由した方が話が早い」 「里見に回せば銀で返ってくる」
そんな言葉が市で囁かれ始める。
やがて噂は、商いの枠を越えた。
――正木や里見なら、飢えない。
――働き口がある。
――腕があれば、身分は問われぬ。
最初に来たのは、戦で田畑を失った百姓。
次に、腕を持て余した鍛冶や木工。
さらに、主家を失った足軽や雑兵。
彼らは問われない。
「どこから来たか」よりも、「何ができるか」を見られる。
仕事はある。
精錬、運搬、加工、市の管理、治安の補助。
荒銭を扱うための手は、いくらあっても足りなかった。
人口は、静かに、しかし確実に増えていく。
里には灯りが増え、
夜でも人の声が消えなくなった。
それを高台から眺め、誰かが呟く。
「荒銭から、ここまで取れるとはな……」
取れたのは金や銀だけではない。
人の流れ、
仕事の循環、
そして――
「ここにいれば生きていける」という、確かな実感。
それこそが、正木と里見が手に入れた、
この時代では何よりも価値のあるものだった。
戦わずして、領は強くなる。
その始まりを静かに告げていた。




