閑話 公家の娘と戦国の娘の“無意識な同盟”
庭の池に、風が落ちた。
水面に波紋が広がり、赤い太鼓橋が揺れて見える。
「……京は、静かでしょう?」
雪姫はそう言って、袖を整えた。
言葉は柔らかく、公家の娘らしいのに、声の調子は不思議と近い。
「静かすぎて、考え事ばかり増えます」
桜は一瞬、言葉に詰まった。
(ああ、この人も――“考える側”の人だ)
「戦は、遠いですものね」
「ええ。でも、遠いからこそ……動いているものが見えにくい」
雪姫は微笑んだまま、池を見つめる。
その横顔はおしとやかで、何一つ乱れがない。
けれど、その目は“流れ”を見ている目だった。
「桜さまは、不思議なお方ですね」
「……そう、でしょうか」
「はい。殿方たちが話す“大事”より、
人の暮らしの話をなさる」
桜は小さく息を吐いた。
(この時代で、それに気づく人がどれほどいる?)
「暮らしが変われば、考え方が変わります。
考え方が変われば……争い方も、減らせるかもしれません」
雪姫は、少し驚いたように目を見開いたあと、
くすりと笑った。
「それ、父上に言えば、きっと難しい顔をなさいます」
「……でしょうね」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
身分も、立場も、育った世界も違う。
一方は戦国の土に立つ娘。
一方は朝廷の空気に育った姫。
けれど――
“この世の流れを、少しでも良くしたい”
その一点だけで、
言葉にせずとも、静かに結ばれていた。
それは契約でも、誓いでもない。
ただの会話の中で生まれた、
無意識の同盟だった。
(この人がいる限り――京は、完全に遠くならない)
桜はそう思い、
雪姫は何も言わずに、ただ頷いた。
風がまた、庭を渡った。




