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『戦国姫の脳内戦略会議』  作者: れんれん


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第33話 贈位、そして静かな波紋

近衛前久との対面は、里見義堯にとって想像以上に重いものだった。

柔らかな物腰、しかし一言一言が朝廷そのものを背負っている。

「此度の働き、しかと聞き及んでおります」

その言葉に、義堯の胸の奥がじわりと熱を帯びた。

戦場で剣を振るうこととは違う、“国に認められる”という感覚。

積み重ねてきた歳月が、ようやく形になった瞬間だった。

やがて告げられる官位の内示。

決して破格ではない。

だが、里見の名が正式に朝廷の帳簿に刻まれるという事実は、

関東の一大名にとって何よりの武器となる。

義堯は深く頭を下げた。

その所作には、武家の誇りと公方への敬意が静かに同居していた。

一方、京の噂は早い。

「里見が動いた」

「北条に対抗する軸が、また一つ立った」

公家たちの茶飲み話は、

やがて商人を経て、東国へと流れていく。

その頃、相模・小田原。

北条の座にある者は、報告を聞いても表情を崩さなかった。

「……そうか。京に行ったか」

それだけを口にし、使者を下がらせる。

官位を得ること自体は、想定の範囲内。

だが“誰を通じて”“どのタイミングで”動いたか――

そこに、確かな意思と計算を感じ取っていた。

「正木が動き、里見が前に出る……」

北条は、ゆっくりと地図に視線を落とす。

戦はまだ先だ。

だが、流れは確実に変わりつつある。

そして安房。

正木の屋敷では、

いつも通りの静かな日常が流れていた。

ただ一つ違うのは、

周囲の大人たちが、

“あの子はもう子供ではない”と

無言のうちに理解し始めていることだった。

次に動く策は、

すでに芽吹いている。


京の朝は、安房とは違う音がした。

人の声、牛車の軋み、寺の鐘――すべてが幾重にも重なり、止むことがない。

里見義堯は、静かにその中心に立っていた。

「従五位下、安房守――」

その呼び名が口にされた瞬間、胸の奥で何かがほどけた。

長く、長く、戦い続けてきた。

浜を守り、城下を守り、家を繋ぐためだけに積み上げてきた年月が、この一言に収斂していく。

「これは……里見の名ではないな」

義堯は、ぽつりと呟いた。

傍らにいた近衛前久は、わずかに笑みを浮かべる。

「国を動かす“流れ”を作った者の名だ。

 ただし――その流れの源は、まだ伏せられている」

義堯は理解していた。

乾燥椎茸も、味噌も、醤油も。

朝廷に届いたのは「安房より献上された、これまでにない品」であって、誰が生み出したかではない。

名は、殿が背負う。

だが、流れは別の場所から生まれている。

安房。

城下では、目に見えぬ変化が静かに進んでいた。

漁師は魚を「売るため」に締め、

農民は味噌樽の出来を「数」で語るようになった。

浜と里が、言葉を交わさずとも繋がり始めている。

正木家の屋敷、その一室。

桜は、小さな手で木札を並べていた。

米、魚、塩、樽、運び手、日数――

子供の遊びのように見えて、その配置は異様なほど整っている。

「……まだ足りない」

誰に向けた言葉でもない。

自分自身への確認だった。

椎茸は、もう安定している。

味噌も、醤油も、作り手は育った。

商いは大人たちが回し始めている。

「次は、“無くなると困るもの”」

贅沢ではない。

だが、一度知ってしまうと、戻れないもの。

桜は顔を上げ、障子越しの光を見た。

「人は、便利さじゃなくて

 “当たり前”を失うのが一番怖いんだよね」

その言葉を聞いた正木綱胤は、背筋が静かに伸びるのを感じた。

この子はもう、

「何を作るか」ではなく

**「何を流すか」**を考えている。

京で官位を得た里見義堯。

安房で名を伏せたまま流れを操る桜。

名を持つ者と、名を持たぬ者。

だが、その二つは今、確かに同じ方向を向いていた。

そして――

この流れに、気付き始めた者がいる。

北条。

そして、朝廷のさらに奥。

静かな成功の次に来るのは、

必ず“問われる段階”だ。

それでも、桜は迷わない。

「大丈夫。

 流れはもう、止まらない」

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