閑話 北条の反応と今後の対策
小田原城。
北条の政所では、
一枚の書付が卓に置かれていた。
「……里見の浜が、騒がしいそうですな」
声を出したのは、年嵩の家臣だった。
「魚が増えたわけでもない。
だが、荷が増えている」
別の者が続ける。
「干物、味噌、醤油。
いずれも質が揃いすぎている」
「値は?」
「下がらぬ。
むしろ、上がっております」
その場に、短い沈黙。
北条氏康は、黙って書付を見ていた。
「……量が出て、
値が落ちぬ?」
その言葉は、
疑問というより違和感だった。
「はい。
しかも――」
家臣が声を落とす。
「商人が、
正木の名を出します」
氏康は、初めて顔を上げた。
「正木?」
「里見の末の家。
小領主にすぎませぬ」
「だが、
帳合が整いすぎている、と」
氏康は、ゆっくりと笑った。
「……なるほど」
(武ではない)
(これは――
国を太らせるやり方だ)
彼は、筆を置く。
「急ぐな」
「噛みつくな」
「まずは、
流れを見ろ」
「流れ?」
「そうだ」
氏康は言った。
「物が動けば、
必ず人が動く」
「人が動けば、
名が立つ」
「名が立てば、
表に出る」
彼は、静かに続けた。
「……まだ、出ていない」
「だから、今は触るな」
家臣たちは、一斉に頭を下げた。
小田原の外。
海風は、まだ穏やかだった。
だが――
豊かさの匂いは、
確かに、北条の鼻に届いていた。
それが、
後に避けられぬ接触となることを
この時は、まだ誰も知らない。




