閑話 分配金と使い道
帳面の上に、小さな包みが並べられていた。
桜は正座したまま、それを見ている。
「これが……最初の分配金だ」
父の声は、いつもより少し低かった。
「正木家として受け取る分とは別に、
お前たち個人への分だ」
包みは、五つ。
幸恵、知子、香織、野乃、そして桜。
「……こんなに?」
香織が、思わず声を漏らす。
中身は銭。
数は多くない――だが、軽くはない。
(当時で言えば、
下働きが何か月も働いて手にする額)
桜は、脳内で静かに換算する。
(現代なら……
子どもが手にしていい額じゃない)
だからこそ、声を出す。
「使い道は、自由じゃないよ」
皆が、背筋を伸ばす。
「これは“ご褒美”じゃない。
仕事の対価」
「無駄遣いしたら、
次は渡さない」
幸恵が、少し照れながら言った。
「……でも、
ちゃんと働いたんだよね?」
「うん」
桜は、はっきり答えた。
「正式に、
正木の配下だから」
その言葉に、部屋が静かになる。
父が、ゆっくり口を開いた。
「今日からお前たちは、
正木家の中で“名前のある存在”だ」
「まだ公には出ん。
だが、家の中では違う」
「働けば、
働いた分だけ、責任もある」
母・椿が、そっと微笑んだ。
「大丈夫。
桜が、ちゃんと見ているでしょう?」
子どもたちは、少し緊張しながらも頷く。
野乃が、小さく言った。
「……うち、
家に持って帰っていい?」
「いいよ」
桜は笑う。
「ただし――
何に使ったか、帳面につけて」
「えぇ……」
一斉に、ため息。
それを見て、家族が笑った。
「桜らしいな」
父は肩をすくめる。
「銭を渡して、
同時に首輪もつけるとは」
「首輪じゃないよ」
桜は即答する。
「責任」
夜。
小屋を出るとき、香織がぽつりと言った。
「……正木の人になったんだね」
「うん」
桜は空を見上げる。
「だから、
守るし、守られる」
銭の重さは、まだ実感がない。
けれど――
名前を呼ばれ、役目を与えられた重さは、
確かに胸に残っていた。
そして桜は思う。
(これで、次に進める)
(もう、“子どもだから”とは言わせない)
夜風の中、
次の脳内戦略会議が静かに始まっていた。
最初に声を上げたのは、香織の母だった。
「……香織?」
夕餉の支度の最中、差し出された小さな包み。
中を改めた瞬間、手が止まった。
「これ……どうしたの」
香織は背筋を伸ばす。
「お仕事の分です」
「……下働きの賃じゃないわね」
銭の数を、母はすぐに数えた。
数え終わる前に、顔色が変わる。
(当時の感覚で、
一家がしばらく食いつなげる額)
「盗んだんじゃないでしょうね」
「違う!」
香織は首を振る。
「正木様のところで――
桜様の配下になりました」
「……は?」
その言葉に、父も振り向いた。
「配下?」
香織は、ゆっくり説明する。
「椎茸や、味噌や、醤油のことで……
帳面もつけて、決まりもあって」
「これは、分配金です」
父は黙って銭を見つめ、
やがて低く息を吐いた。
「……名のある銭だな」
それは、
施しでも、偶然でもない。
働いた対価。
責任と引き換えの銭。
「桜様は、何歳だ」
「……七つです」
父は、しばらく天井を見てから言った。
「とんでもないお方だな」
幸恵の家でも、似たような沈黙があった。
「こんな額……」
母は包みを返そうとした。
「預かれないよ。怖い」
幸恵は、首を横に振る。
「預かってください。
使い道は、帳面につけます」
「帳面?」
「はい。
桜様が、そう言いました」
父が、ふっと笑った。
「……銭を渡して、
使い道を縛るか」
「武士のやり方だな」
野乃の祖母は、銭を一枚一枚撫でた。
「これは……
軽くない銭だよ」
「うん」
野乃は、静かに答える。
「だから、遊びには使わない」
「勉強と、道具と……
あとは、畑のため」
祖母は、目を細めた。
「……いい主に仕えたね」
夜。
正木屋敷では、父が桜に言った。
「もう、噂は回り始めている」
「子どもが銭を持った、と」
桜は頷く。
「想定内です」
「だから、
名を与えました」
「名のない金は、危ない。
名のある金は、守られます」
母・椿が、少し心配そうに言う。
「……重すぎない?」
桜は、少し考えてから答えた。
「重さを知らない方が、
危ないです」
(銭も、立場も)
(早く知った方が、
選べる)
その夜、配下となった子どもたちは、
それぞれの家で同じことを思っていた。
――ただの子どもでは、
もういられない。
それは不安で、
少し誇らしくて、
でも確かに――前に進んだ証だった。
次の朝。
彼女たちは、また小屋に集まる。
正木の配下として。




