閑話 名を呼ばれぬ功
乾燥椎茸は、漆塗りの箱に収められ、静かに都へと運ばれた。
表向きの献上主は里見。だが、その背後で誰が汗を流し、里を動かし、菌床と向き合い続けたかを知る者は少ない。
近衛前久の邸に届けられた品は、椎茸だけではなかった。
黒く澄んだ醤油、深い香りを湛えた味噌――いずれも東国では既に当たり前となりつつあるが、都ではまだ珍重される品である。
前久は椎茸を手に取り、しばし目を細めた。
「これは……ただの保存食ではないな」
湯に戻された椎茸は、出汁を生み、料理の格を一段引き上げた。
味噌は膳に温もりを与え、醤油は素材の輪郭を際立たせる。
公家たちは言葉少なに箸を進め、やがて誰からともなく頷いた。
だが、その席で語られたのは里見の名であり、
この仕組みを整えた“名もなき功”について触れられることはなかった。
前久はすべてを察していた。
察したうえで、あえて名を問わぬ。
名を伏せることが、今は最善であると知っていたからだ。
「東国は、変わりつつあるな」
その一言が、静かに朝廷へと流れていく。
名は呼ばれずとも、功は確かに都の奥深くへ届いていた。
そしてこの日を境に、
里見と朝廷の距離は、確かに一歩、縮まったのであった。




