第30話 乾燥椎茸と主上への献上
献上は、
一度きりでは意味を持たない。
続けられる形にして、
初めて道になる。
■ 乾かすという選択
山の小屋。
桜は、生の椎茸を前にして考えていた。
(香りはいい)
(だが、生は不安定)
湿り。
時。
運ぶ距離。
戦国の道は、
今もなお荒い。
桜は小さく頷いた。
「乾かそう」
幸恵が首を傾げる。
「味、落ちない?」
桜は首を振る。
「逆」
「閉じ込める」
天日。
風通し。
夜露は避ける。
香織が呟く。
「軽くなるね」
「うん」
「軽くなって、
強くなる」
■ 安定という価値
乾燥した椎茸は、
香りが濃い。
形も崩れない。
量も読める。
父は手に取り、
しばらく黙ってから言った。
「これは……」
「献上に向く」
桜は静かに答える。
「季節を越えます」
それが、
最大の意味だった。
■ 里見の判断
里見義堯は、
乾燥椎茸を前にして、
すぐに理解した。
「これは、
商いではないな」
側近が言う。
「日持ちします。
香りも強い」
義堯は頷いた。
「だからこそ、
京へ持っていける」
里見は、
商人のつてを使うことを決めた。
城下を通り、
港を越え、
都へ。
目的は一つ。
公家との繋がり
そして――
主上への献上
■ 名を伏せた献上、再び
献上の品には、
詳しい説明は添えない。
「安房の山の幸」
それだけ。
だが、
乾燥椎茸は、
火を入れた瞬間に違いを語る。
戻した水。
立ち上る香り。
公家の一人が言った。
「これは……
記憶に残る」
主上の御前に並んだ折、
言葉は少なかった。
だが、
残された椀は、
空だった。
■ 朝廷へ伸びる糸
里見のもとに、
静かな知らせが届く。
「安房の品、
覚えられております」
義堯は、
深く息を吐いた。
「通ったか」
それは、
戦ではない。
血も流れない。
だが――
国を守る糸が、
一本、都へと繋がった瞬間だった。
■ 桜の記録
夜、灯の下。
桜は帳面に書く。
――「軽くして、
――遠くへ」
――「強くして、
――長く」
乾燥椎茸は、
ただの保存食ではない。
距離を越え、
時を越え、
身分を越える。
桜は筆を置く。
(これで、
正木は“土地”から
“名”になる)
名は、まだ表に出ない。
だが、
確かに――
朝廷へ届いていた。




