第29話 献上の日
献上とは、
差し出すことではない。
覚えてもらうことだ。
■ 朝の支度
夜明け前。
正木家の屋敷は静まり返っていた。
桜は、籠の中を一つずつ確かめる。
形。
張り。
香り。
どれも同じ。
それが、何より難しい。
(揃っている)
父が近づく。
「顔は出すな」
桜はうなずく。
「はい」
「名も言うな」
「はい」
それでいい。
■ 城へ
城への道。
籠は父と家臣が運ぶ。
桜は、少し離れて歩く。
城門をくぐると、
空気が変わった。
「正木の献上品だ」
その一言で、
人の視線が集まる。
だが、
少女一人に向くことはない。
■ 義堯の前
里見義堯は、
籠を開ける前に言った。
「量は要らぬ」
父が答える。
「承知しております」
籠が開く。
一瞬、
義堯の目が細くなる。
「……揃っている」
香りが、
ゆっくりと広がる。
料理番が、
その場で火を入れる。
余計な手は加えない。
焼くだけ。
■ 一口
義堯は、箸を止めた。
しばらく、
何も言わない。
桜は、
少し離れた場所で、
その背中を見る。
(言葉はいらない)
義堯は、
ようやく言った。
「季節が、分かる」
それだけ。
だが、その一言で十分だった。
■ 名を問わぬ褒美
義堯は父に告げる。
「これは、正木の仕事だ」
「名は、聞かぬ」
「だが――」
「続けよ」
父は深く頭を下げる。
「ははっ」
桜は、胸の奥で静かに息を吐いた。
(通った)
■ 帰路
城を出ると、
空はもう明るい。
父が、歩きながら言う。
「怖くはなかったか」
桜は首を振る。
「予想通りでした」
「……本当に七つか?」
桜は、少しだけ笑った。
「七つです」
■ 記録
夜、帳面。
――「献上は、
――始まりであって、
――終わりではない」
椎茸は、
今日も山で育っている。
同じ形で、
同じ香りで。
それを続けられることこそ、
最大の価値。
桜は灯を消す。
名は出さない。
だが、流れは止まらない。
正木領は、
確実に次の段へ進んでいた。




