第28話 椎茸人工栽培の安定
静かな成功ほど、
声を潜めて喜ばねばならない。
桜は、それをよく分かっていた。
■ 裏山の小屋
朝露が残る裏山。
小屋の中は、ひんやりとしている。
桜は、一本の原木を見つめていた。
(割れない)
(乾きすぎない)
(水を与えすぎない)
脳内で条件が並ぶ。
――温度
――湿り
――風
現代なら、数値で管理する。
だが、ここでは違う。
「触って、匂いを嗅いで、
見て、待つ」
桜は小さく息を吐いた。
「……安定、した」
■ 仲間たちの確認
幸恵が声を潜める。
「今日も、同じくらいだね」
知子がうなずく。
「出すぎないのが、いい」
香織は原木をそっと撫でた。
「これなら、
次も読める」
野乃が笑う。
「失敗しないって、
こんなに楽なんだ」
桜は首を横に振る。
「失敗しないんじゃない」
「予想できるだけ」
■ 脳内戦略会議
(安定=再現性)
(再現性=共有できる)
(でも、今は共有しない)
殿に献上するための椎茸。
それは、
“物”ではなく、
“信頼”の供給。
■ 家族との会話
夕刻、屋敷。
父は籠の中を見て、
思わず息を呑んだ。
「……揃っているな」
母が静かに言う。
「形も、色も、匂いも」
桜は、膝の上で手を握る。
「献上用です」
父は、しばらく黙ってから言った。
「量は?」
「足ります」
「次も?」
「同じくらい、出ます」
その言葉に、
父は深くうなずいた。
「では、
殿に出す」
■ 献上の意味
桜は、はっきり言った。
「売らないでください」
父は眉を上げる。
「殿への献上は、
売りではない」
「はい」
「だから、
値をつけないでください」
父は、ようやく理解した。
「……恩を売る、か」
桜は否定する。
「恩ではありません」
「記憶です」
■ 忘れられない一口
その夜、桜は帳面に書く。
――「味は、
――忘れられないと、
――価値になる」
殿の舌に刻まれる椎茸。
それは、
「正木領」という名を、
静かに覚えさせる。
量は多くない。
だが、安定している。
それこそが、
献上に必要な条件だった。
桜は小屋を振り返る。
(ここまで来た)
(でも、
まだ始まり)
静かな山の中で、
椎茸は今日も、
同じ大きさで育っていた。




