第27話 値を決めないという選択
値は、
決めた瞬間から古くなる。
桜は、それを知っていた。
■ 商人の問い
朝、城下。
商人の一人が、ついに口を開いた。
「正木殿……いや」
言い直す。
「正木では、
いくらで売るのだ」
周囲の商人も、
息をひそめる。
誰もが待っていた問い。
桜は、すぐに答えなかった。
代わりに、
こう聞いた。
「今日は、魚は多いですか」
「……多い」
「では、昨日より安くなります」
「では、少ない日は?」
「高くなります」
商人が顔をしかめる。
「それでは、
我らの儲けが定まらぬ」
桜は首を振った。
「儲けは、
定めるものではありません」
「残るものです」
■ 値を決めない理由
父が補足する。
「正木では、
“値札”を置かぬ」
「代わりに、
“量と手間”を見る」
桜は続ける。
「魚が多い日は、
皆で食べられます」
「少ない日は、
大切に扱われます」
「それで、
どちらも無駄になりません」
商人の一人が、
低く唸る。
「……理屈は分かるが」
「怖いな」
桜は、はっきり言った。
「怖いのは、
人ではなく、
急ぎです」
■ 城下の実験
その日から、
城下では小さな変化が起きる。
同じ魚でも、
日によって扱いが変わる。
味噌を多く使う日。
醤油を薄くする日。
料理番たちは、
値ではなく、
状態を見るようになった。
■ 脳内戦略会議
(固定価格は、思考を止める)
(変動は、観察を促す)
(観察は、工夫を生む)
桜の中で、
現代の言葉が
戦国の形に置き換わっていく。
「ダイナミックプライシング」
→
「今日はどうだ?」
■ 家族の会話
夜、囲炉裏。
父が苦笑する。
「値を決めぬとはな」
桜は湯飲みを持ちながら言う。
「決めると、
守るために争いが起きます」
母が頷く。
「決めないと、
話す時間が増えるわね」
「はい」
「話すと、
相手の顔が見えます」
■ 商人の変化
数日後。
商人たちは、
値を聞かなくなった。
代わりに聞く。
「今日は、どうだ?」
その一言が、
城下の合言葉になる。
値を決めないという選択は、
混乱ではなく、
対話を生んだ。
桜は遠くから、
その様子を見ていた。
(値は、結果)
(関係が先)
七歳の少女は、
今日もまた一つ、
時代の常識を静かにずらした。




