第23話 値を決めるのは、誰か
正木屋敷の座敷。
商人たちが去ったあと、
畳の上には帳面だけが残っていた。
桜は、ぱたりとそれを閉じる。
父の疑問
「……売らなかったな」
父が言う。
「はい」
「怒らせたかもしれんぞ」
桜は、首を横に振った。
「いいえ」
「怒る人は」
「最初から、相手にしません」
父は、思わず息を吐いた。
脳内戦略会議・値段編
(値は、物につかない)
(流れにつく)
(人につく)
(今、売ったら)
(“安くて珍しい物”で終わる)
桜は、ゆっくり言葉を選ぶ。
桜の説明
「父上」
「値段って」
「誰が、決めると思いますか」
父は、腕を組む。
「……商人か?」
「半分、正解です」
桜は続ける。
「でも」
「本当は」
「困っている人が、決めます」
困りごとの正体
「漁師は」
「魚が余ります」
「農家は」
「豆の値が安い」
「料理人は」
「毎日、同じ味」
父の眉が、動く。
「……なるほど」
売らない理由
「今、売ると」
「一番困っていない商人が」
「一番、得をします」
「それは」
「正木のためになりません」
静かな言葉だった。
父の決断
父は、しばらく考え――
頷いた。
「売らぬ理由が」
「はっきりしている」
「よし」
「正木は、急がん」
桜の胸が、少し軽くなる。
台帳の役割
桜は、もう一冊の帳面を出す。
「これは」
「誰が、何を作って」
「どこへ、出しているか」
「全部、書いてあります」
父は、目を細めた。
「……これがあれば」
「値を、読めるな」
「はい」
「だから」
「今は、売りません」
小さな確信
その夜。
桜は、灯りの下で帳面を見直す。
(戦は、していない)
(でも)
(もう、始まってる)
値を決めるのは、
声の大きな者ではない。
必要と、流れと、時間。
桜は、それを静かに整えていく。




