閑話 夜の勉強会と少女たちの夢
夜。
正木屋敷の一角、小さな灯りが揺れていた。
「静かにね」
桜が人差し指を口に当てる。
「父さまに見つかったら、
“もう寝なさい”って言われる」
くすくす、と笑いが広がる。
「でも椿さまは知ってるよね」
香織が小声で言う。
「うん」
桜は頷く。
「知らないふり、してくれてる」
灯心の火のそばに、紙と筆。
幸恵が字を書き、野乃が数を数える。
「三、足す、二……」
「五!」
「合ってる!」
知子が小さく拍手をする。
勉強、というより――
「ねえ」
知子がふと聞いた。
「これ、なんのために覚えるの?」
空気が、少し変わる。
桜はすぐには答えなかった。
(脳内会議)
――正解はたくさんある
――でも、この子たちには
――“選べる理由”を
「……選ぶため」
桜はそう言った。
「何をするか。
誰と生きるか。
どこに行くか」
「字と数が分かると、
自分で決められる」
香織が目を伏せて、ぽつり。
「……あたし、
ずっと呉服問屋で働くだけだと思ってた」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
少し考えて、言った。
「もっと、きれいな布を作る人になりたい」
野乃が言う。
「わたし、畑のこと分かる人になりたい」
幸恵は照れながら。
「わたしは……
字が書けるお嫁さん」
皆、笑った。
でも誰も、否定しなかった。
桜の夢は、まだ言えない
「桜は?」
友が聞いた。
「桜は、何になりたい?」
一瞬、沈黙。
(脳内会議)
――“制度”
――“仕組み”
――“女性の地位向上”
(……言えるわけない)
桜は、少し考えてから言った。
「みんなが、
“できない”って言われない世界」
それだけ言うと、筆を置いた。
灯りが消える前に
夜が更ける。
「今日はここまで」
「えー」
「また明日」
少女たちは、そっと散っていく。
誰かの夢は、まだ言葉にならず。
誰かの夢は、今日、生まれた。
桜は最後に灯りを消し、思う。
(ここにいる子たちが)
(十年後、二十年後)
(この領地を、
“内側から”支える)
(それでいい)
闇の中、
文字と数の残像が、静かに揺れていた。




