第二話 父の人選と、幼姫の交渉練習
朝の光が障子から真っ直ぐに差し込み、桜の頬を暖めた。
「桜、起きておるか?」
父・綱胤が縁側から声をかける。すでに草履を履き、出立前の姿だ。
「起きてます。まだ熱はあります」
「あるのに起きておるのか?」
「熱で寝込むときほど頭は暇なので」
「また妙な理屈を!」
父上、暇じゃない。思考が止まらないだけだ。
囲炉裏の間に、母・椿と弟・虎千代も集まっていた。
朝餉の支度の香りが漂う。
「父上、人は見つかりそうです?」
「うむ。昨日の話を聞いて、目星はつけた」
「はやっ」
「早いほど良いと言ったのはお前じゃろうが!」
「はい言いました」
椿が味噌汁をよそいながら、楽しそうに口を挟んだ。
「で、どんな人を呼ぶの?」
桜は少し考え、だがすぐ脳内会議に切り替えた。
言い方を気をつけろ。天才肌じゃなくて、5歳らしく。でも目的はブレずに。
「えっと……ものづくりが得意な人」
「得意ってどのくらい?」
「私の脳内設計を現実にできるくらい」
「脳内設計って何よ!?」
「夢です」
「便利な夢ね!」
便利です。仕様なので。
父は椀を置き、声を低くした。
「桜。里見の領は海沿いの交易で栄える地。
ゆえに水軍だけでなく、作る者が必要になるやもしれん」
「……その通りです」
「ほう?」
「未来の話です」
「また未来か!」
「未来です」
「夢じゃないのね?」
「夢の未来です」
「混ざっておる!」
父は真剣に言った。
「……ならば聞く。お前の未来、この家に害はないか?」
桜は一瞬目を閉じた。
熱でぼんやりする頭でも、この問いだけははっきり聞こえた。
「……害はないです。利益しかないです」
「利益?」
「人が幸せになって、食べ物が腐りにくくなって、屋敷は爆発しない」
「屋敷は爆発しないって普通のことじゃ!」
「普通を守るのも戦略です」
「お前の戦略は普通を守るところからなのか!?」
そうなんです。前世では普通がなかったので。
脳内戦略会議(第二回)
議題:改革の最優先資源 → 人材
課題:幼女の信用値 → 低すぎる
対策:家族で会話と交渉の練習を重ねる → YES
父が立ち上がった。
「……よし。ならば鍛冶と木工に通じた職人を一人呼んでみる。
稽古の師とは別口じゃ。内政の才は母上の方で磨け」
「……ありがとうございます父上」
「ただし!」
「はい?」
「紹介した者に『感じとか』で話すな。せめて形を言え」
「……じゃあ、四角い棚」
「四角い棚?」
「はい、四角い棚」
「……まあ、四角い棚なら爆発はせんか」
「しません」
「言い切りおった!」
椿がくすくす笑いながら虎千代に囁く。
「桜ね、夢で未来を見てるらしいわよ?」
「ねぇね みらい みえる?」
「見えない。考えるだけ」
「かんがえる?」
「そう。ねぇねは頭でお喋りしてる」
「おしゃべり なら まけない!」
父が虎千代の頭を撫でる。
「お前は口で喋れ、桜は頭で喋れ。ちょうど良い兄妹じゃ」
「そういう問題じゃないです!」
桜のツッコミは5歳の身体でもキレ味だけは大人だった。
屋敷の外へ
父が出かけた後、椿が桜の横に座った。
「ねぇ桜。人を貸してって言ったけど――本当は棚だけじゃないんでしょう?」
桜は少し笑った。5歳の顔で、大人の微笑。
「……うん。棚は入り口。次は畑、商品、薬、色々」
「色々って言葉ほんと好きね!」
「仕様です」
「仕様って何?」
「私の性格」
「もう!」
椿は優しく笑い、そして言った。
「……じゃあ父上が連れてくる人、ちゃんとお礼言えるようにしておこうね?」
「……はい、交渉の前に挨拶。基本ですね」
「基本は戦国にもあるのね!」
あります。概念は。
桜は立ち上がり、庭の冬土を小さく踏んだ。
「……じゃあ今日も、家族で戦略会議の練習」
戦略は人から。改革は信頼から。信頼は会話から。
「……よし、私のターン」




