閑話 仲間たちとの時間、文字と算学
夜に子どもたちで勉強してるなんてありえないと言う
言葉が聞こえてきそうですが、あえて話を進ませて貰います。
今後の展開に必要な事柄ですので強行突破www
桜たちが秘密の作業小屋に集まる少し前の話
「ねえ桜」
幸恵が地面に棒で線を引きながら首をかしげた。
「これ、なんでこうなるの?」
「うーん……」
桜は少し考え、しゃがみ込む。
「りんご三つを、二人で分けたいとするでしょ」
「うん」
「でも包丁が一本しかないと、どうする?」
友が口を挟む。
「半分こ?」
「そう」
桜は線を足していく。
「それをね、“算学”って言うの」
香織が目を丸くする。
「算学……?」
「数の考え方。
商人だけのものじゃないよ」
(脳内会議)
――来た
――ここが分かれ道
――“難しいこと”を“遊び”に変えるフェーズ
文字は道具
野乃が、紙を指さす。
「これ、桜が書いてるやつ?」
「うん」
「読めない……」
「じゃあ教える」
桜は迷いなく言った。
「これ、“た”。
田んぼの“田”の音」
幸恵がぱっと顔を上げる。
「田!」
「そう。
畑の田」
友が笑う。
「分かる気がする!」
桜は内心、深く息を吸った。
(脳内会議)
――文字=支配の道具だった時代
――でも、文字=自由にもなる
――なら、渡す
少しずつ増える輪
「ねえ、うちの姉さまも来ていい?」
ある日、香織がそう言った。
「字、覚えたいって」
「いいよ」
桜は即答した。
次の日。
さらに次の日。
いつの間にか――
・家臣の娘
・下働きの娘
・商人の子
が、縁側や小屋に集まるようになっていた。
「ここ、間違ってる?」
「うん、でも惜しい」
「算学って楽しいね」
椿が、少し離れたところからその様子を見て、呟く。
「……女の子が、こんなに集まって」
桜は振り返る。
「母さま」
「なに?」
「字が読めるとね」
桜は、真っ直ぐ言った。
「だまされにくくなる」
椿は一瞬、言葉を失い――静かに笑った。
「……そうね」
家臣たちの視線
ある日、父が言った。
「最近、娘たちが静かだな」
「字、書いてる」
桜は答える。
「算学も」
「……必要か?」
一瞬の沈黙。
桜は考えた。
(脳内会議)
――ここで“理想”を言うと止められる
――だから、“実利”
「台帳」
桜は一言。
「読めた方が、間違えない」
父は黙り――頷いた。
「……続けよ」
小さな一石
その夜。
桜は一人、帳面を見つめる。
(まだ、声を上げる時代じゃない)
(でも)
(“考えられる女”が増えれば)
(世界は、勝手に変わる)
外では、仲間たちの笑い声。
文字を書く音。
数を数える声。
それはまだ、小さな波。
だが確実に、
正木領の地の底で、何かが動き始めていた。




