閑話 商人の子供と町娘の出会い
正木城下の町は、今日も人の声でにぎわっていた。
荷を下ろす音、呼び込みの声、布の擦れる音。
その中を、小さな足音がとことこと進んでいく。
「わあ……ここが城下町……」
梨良、七つ。
商人の娘で、父の仕事について正木領地までやって来た。
好奇心は人一倍で、目に入るものすべてが珍しい。
「お団子……あっちは魚……あ、きれいな布……」
首をきょろきょろ動かしながら歩いていると、
一軒の呉服問屋の前で足が止まった。
布が軒先にずらりと掛けられ、風に揺れている。
その奥で――
「……よし、次はこれを畳んで」
一生懸命に手を動かしている少女がいた。
「……すご……」
思わず声が漏れる。
香織、八つ。
呉服問屋で下働きをしている町娘だ。
年の割に手つきは慣れていて、布を丁寧に扱っている。
(同じくらいの年なのに……)
梨良は物陰から、じっと見つめていた。
「重くないのかな……」 「暑くないのかな……」
香織は額に汗をにじませながらも、手を止めない。
「これ、端をそろえて……あ、だめだ、曲がった」
一度ほどいて、やり直す。
(えらいなぁ……)
梨良は胸の奥が、きゅっとなるのを感じた。
その視線に気づいたのか、香織が顔を上げた。
「あ……?」
目が合う。
「……あの……」
梨良は少し緊張しながら、一歩前に出た。
「すごいね。いっぱい働いてるんだね」
香織は一瞬きょとんとした後、少し照れたように笑った。
「……うん。お店のお仕事だから」 「でも、見てるだけで疲れそう」 「慣れるよ」
香織はそう言って、布を抱え直す。
「あなた、旅の人?」 「うん! お父さんが商人なの」 「そうなんだ……」
短い会話。
でも、どこかあたたかい空気が流れた。
梨良は店の中を見回しながら言った。
「布、きれいだね」 「うん。だから好き」
その言葉に、梨良はぱっと顔を明るくする。
「好きなことをお仕事にしてるんだ!」 「……好き、なのかな。でも嫌いじゃないよ」
香織は少し考えてから、そう答えた。
(桜さまが言ってた“人はそれぞれ役目がある”って、こういうことかな)
梨良は、正木桜のことをふと思い出しながら、香織を見つめる。
「ねぇ、また来てもいい?」 「……うん。暇なときなら」
小さな約束。
城下町の片隅で、静かに芽生えた出会い。
外では今日も、商人の声と人の笑い声が交じり合っている。
正木の町は、知らないところで、少しずつ未来を紡いでいた。




