134話 桜が積み上げてきたもの
――戦わないために、負けないために
ガラス工房では、炉の火が絶えない。
香織の手によって生まれる硝子は、もはや日用品ではなくなっていた。
淡い色、澄んだ透明、光を集める曲面。
器は工芸となり、工芸は「里見の顔」になっていく。
その一方で、野乃の小屋には薬草の匂いが満ちている。
失敗の記録は山のように積まれ、
それでも彼女は諦めなかった。
熱、乾燥、抽出、保存。
経験と理屈を重ね、
「効く」だけでなく「再現できる」医薬品へ。
人は病で倒れにくくなり、
領主は医を持つ意味を知る。
浜では、知子が竜骨を前に立ち尽くしていた。
南蛮船にあって、和船にない“背骨”。
それを真似るのではない。
里見の海、里見の材、里見の人に合う形へと落とし込む。
船は速くなり、
荷は多く積め、
海は「恐れるもの」から「使える道」へ変わった。
――すべてが、前に進んでいる。
だが桜は、それらを「成果」とは呼ばなかった。
彼女が見ていたのは、もっと遠い先だ。
戦国。
土地を奪い、奪われ、
力で押し切った者だけが生き残る時代。
その常識の中で、桜はずっと逆を考えていた。
どうすれば、攻める意味を失わせられるか。
どうすれば、争うより得な道を用意できるか。
武を捨てたわけではない。
備えはある。
覚悟もある。
だが、最初に選ばせるのは戦ではない。
硝子は富を生む。
医は命を繋ぐ。
船は人と物を運ぶ。
それらが絡み合えば、
里見は「壊せば困る領地」になる。
商人は里見を欲しがり、
周囲は里見を必要とし、
敵ですら、無視できなくなる。
それが、桜の考えてきた
戦わない戦国の生き残り方だった。
彼女はまだ十二才。
だが、見ている景色は誰よりも現実的だ。
「強くなることは、戦うことじゃない」
誰にも聞こえない声で、桜はそう呟いた。
生き残るために。
守るために。
そして――
誰も無駄に死なせないために。
里見領は、今日も前へ進む。
静かに、確実に、
戦国の常識を少しずつ塗り替えながら




