133話 これからの里見領
――桜 十二才の春
戦が起こるかどうかは、誰にも分からない。
それは桜自身が、いちばんよく分かっていた。
だからこそ――
起きないようにする準備と、
起きた時に耐え切る準備、
その両方を、里見は静かに積み上げてきた。
春。
海からの風が柔らかくなり、潮の匂いに木の香りが混じる頃。
里見の港は、ついに完成を迎えた。
深く掘られた航路。
波を抑える石積み。
南蛮船を横付けできる桟橋と、和船が行き交える内湾。
それは「軍港」ではない。
だが、軍も使える港だった。
商人は出入りし、
技術者は腰を落ち着け、
人と物と情報が、自然に集まる場所。
桜は高台から港を見下ろしていた。
「……これで、攻めにくくなった」
百地が隣で低く言う。
「攻めれば、商が止まる。
商が止まれば、周囲も困る。
敵は“孤立”を選ばねばならぬ」
慈光尼は少し微笑んだ。
「争えば、損をする。
守ろうとすれば、得をする。
……よく考えましたね」
桜は首を振る。
「まだ、足りません。
万全なんて、きっと存在しない」
十二才。
だが、その目は年齢にそぐわぬほど静かだった。
常備兵は整えた。
武器も揃えた。
港も、道も、制度も動いている。
それでも――
戦は「相手が決める」ものだ。
だから桜は、最後にこう考えていた。
それでも攻めてくるなら、
その時は――
里見が“失うものの多さ”を、相手に思い知らせるだけだ。
港に帆が入る。
白い帆、茶の帆、南蛮の赤十字。
人々の声が重なり、
里見の春は、確かに動いていた。
桜は、ゆっくりと息を吸う。
「……ここまで来た」
まだ子どもだ。
だが、逃げる気はない。
戦が起きるかどうかは分からない。
だが――
起きても、耐えられる場所を、
この十二年で、確かに作り上げた。
桜 十二才の春。
里見は、静かに「強い領地」へと踏み出していた。




