132話 この宣言に動揺する敵側の反応
その夜。
里見の領境から半日ほど離れた、名もない宿坊。
灯りは最小限。
集まっていたのは三人――僧形の男、商人風の中年、そして若い武士崩れ。
「……まずいな」
最初に口を開いたのは、商人だった。
「女の感情論だと思っていた。
だが、あれは論を潰しに来た言葉だ」
僧形の男が、静かに数珠を繰る。
「“等しさとは責を分かつこと”
あの一言で、我らの教えは“逃げ”に聞こえる」
若い武士崩れが、苛立ちを隠さず言った。
「民は理想が好きだ。
だが同時に、守ってくれる存在を手放せん」
沈黙。
彼らは理解していた。
これまでのやり方――
・武士は古い
・新しい世は近い
・今は耐えよ
そうした希望だけを与える思想が、
まな姫の宣言によって、土台から揺らいだことを。
「……彼女は“敵を否定”していない」
僧形の男が、低く言う。
「我らの理想を笑わず、罵らず、
ただ“責任がない”と指摘した」
それは、思想の戦いにおいて最も厄介な対応だった。
商人が、歯噛みする。
「攻めれば、弾圧だと言われる。
黙れば、言葉が広がる」
若い武士崩れが吐き捨てるように言った。
「……この姫、生かしておくと危険だ」
僧形の男は、ゆっくりと首を振った。
「違う。
殺せば終わりだと思うな」
灯りの揺れる中、彼は断言した。
「彼女の言葉は、もう“種”になっている」
民の中で静かに広がる「まな姫の言葉」
翌日。
城下の市。
魚を並べる女が、隣の老婆にぽつりと言った。
「昨日の評定、姫様の話……聞いた?」
老婆はうなずく。
「“等しいとは、誰が守るのか”
あの言葉なぁ……」
言い切らない。
だが、二人とも同じことを考えていた。
田の畦道では、若い百姓が仲間に話す。
「俺さ、武士は嫌いだったけどよ。
戦になったら前に出るって言われると……」
仲間が、土を払って立ち上がる。
「それを“悪”だって言うなら、
姫様は引き受けるって言ったんだろ」
短い沈黙。
誰も拍手しない。
誰も声を上げない。
ただ、胸の奥で何かが定まっていく。
夜。
寺子屋帰りの子供が、母に言う。
「ねえ母ちゃん。
“責任”ってなに?」
母は少し考え、答える。
「……逃げないこと、かね」
その言葉は、誰に命じられたわけでもなく、
誰に広めろと言われたわけでもなく、
自然に、正しく、染み込んでいった。
思想は、叫ぶものだと思われていた。
だが、まな姫の言葉は違った。
争わせず、煽らず、
それでいて――選ばせる。
敵は、ようやく理解する。
この領地は、
「攻めると損をする」だけではない。
「崩せない」領地になり始めていることを。




