131話 まな姫が公の場で“揺るがぬ宣言”をする
春とは名ばかりの、冷たい風が吹く朝だった。
評定の間には、里見家の重臣だけでなく、近隣領主の使者、寺社勢力の代表、そして京から流れてきた学者崩れまでが顔を揃えていた。
空気が、重い。
誰もが知っている。
最近、じわじわと広まっている**「新しい考え」**――
「武士の支配は時代遅れ」「民こそが国の主」
その思想が、商人や若い下級武士の間で囁かれ始めていることを。
評定が一通り終わり、最後に「意見を述べたい者は」と声がかかった、その瞬間。
すっと、一人の女性が立ち上がった。
白を基調とした装束。派手さはない。
だが、背筋は一本の槍のように真っ直ぐだった。
まな姫。
「――恐れながら、ひと言」
ざわ、と空気が揺れる。
若い。
しかも女。
軽く見る視線が、確かにあった。
まな姫は、それをすべて受け止めた上で、一歩前に出た。
「近頃、里見の地に“新しい正しさ”が流れ込んでおります」
声は静かだった。
しかし、不思議なほどよく通る。
「民は武士に従う必要はない、と。
力ある者の支配は悪であり、皆が等しくあるべきだ、と」
一瞬、誰かが笑いかけた。
だが、次の言葉で、その表情は凍りつく。
「――では、問います」
まな姫は、評定の間を見渡した。
「等しいとは、誰が守るのでしょう」
沈黙。
「田を耕す者が、剣を取りますか。
子を抱く母が、夜盗と戦いますか」
ゆっくりと、しかし確実に言葉を重ねる。
「“等しさ”とは、責を分かち合うことです。
守る責を負わぬ等しさは、ただの放棄です」
ざわめきが消えた。
「里見は、力で民を縛ってはおりません」
まな姫は、はっきりと言い切った。
「里見は、責任を背負っています。
戦になれば先に血を流す責。
飢えれば、最初に倉を開く責。
間違えれば、名を賭して詫びる責」
一拍、間を置く。
「それを“悪”と呼ぶなら――」
彼女は、まっすぐに前を見据えた。
「この里見まな、
その悪を、最後まで引き受けます」
その瞬間だった。
評定の間にいた誰もが、
これは議論ではなく、宣言なのだと理解した。
「思想を語る者よ」
視線は、京から来た学者へと向けられる。
「理想は結構。
だが、それが血を流さずに守れると証明できるまでは――」
まな姫は一歩も退かなかった。
「里見は、この地の民を
実験台には致しません」
沈黙。
重臣の一人が、深く頭を下げた。
次いで、別の者も。
やがて、その場にいた全員が悟る。
――この姫は、揺らがない。
――そして、この宣言は、もう“噂”では終わらない。
外では、冷たい風が止み、
雲の切れ間から、細い光が差し込んでいた。




