123話 頭を下げに来た領主との会談
——武家の誇りが、静かに崩れる時——
里見館の広間は、いつもより静かだった。
玉座に座す里見義堯。
その左右には重臣たち。
そして一段下がった場所に、まな姫と桜、百地、慈光尼が控える。
そこへ通されたのは、
名も大きくない中小武家の領主。
甲冑は着ていない。
刀も外している。
後ろには、老若男女――領民たち。
その瞬間、空気が変わった。
領主の行動
領主は、広間の中央まで進むと、
一切の逡巡なく膝を折り、額を畳に打ちつけた。
「……里見殿」
声は震えていたが、逃げはなかった。
「我が領は、もはや持ちませぬ」
「戦ではなく、暮らしで敗れました」
家臣たちの間に、ざわめきが走る。
武家が、
“戦わずして負けた”と認めること。
それは、この時代において最大級の屈辱だった。
義堯の問い
里見義堯は、すぐには言葉を発さなかった。
長い沈黙ののち、静かに問う。
「……何を望む」
情けではない。
同情でもない。
条件を問う声だった。
領主の答え
「助けてほしい、とは申しませぬ」
そう前置きして、領主は顔を上げた。
「この者たちを、里見の民として頂きたい」
「我が身は、里見殿の下知に従う」
つまりそれは――
領地も、兵も、誇りも差し出すという宣言だった。
「里見の制度は、我らには作れぬ」
「だが、従うことはできる」
桜の視線
桜は、この男を“敗者”とは思わなかった。
これは、
時代を読んだ者の決断だ。
守れぬ誇りを抱えて滅ぶより、
守れる民を選んだ。
慈光尼の一言
静寂を破ったのは、慈光尼だった。
「……そなた、よくぞここまで連れて来た」
責めではない。
赦しでもない。
事実の確認。
「だが知れ。里見は“逃げ場”ではない」
「責を取らねばならぬ国じゃ」
義堯の決断
義堯は、まな姫の方へ一度だけ視線を送る。
まな姫は、わずかに頷いた。
そして、義堯は告げる。
「民は、受け入れる」
広間が息を呑む。
「だが――」
義堯の声は、重く低かった。
「そなたは“客”ではない」
「里見の“役目”を負え」
条件
義堯は、はっきりと条件を示した。
領民は里見の法に従う
年貢は減免するが、制度への協力を義務とする
そなたは制度責任者の補佐として働け
失敗の責は、里見ではなくそなたが負う
逃げ場はない。
だが、役割はある。
領主の返答
領主は、再び深く頭を下げた。
「……ありがたき」
その声には、
悔しさと、安堵と、覚悟が混じっていた。
会談後・桜の言葉
会談が終わり、人が引いた後。
桜は、まな姫に静かに言う。
「これで、もう後戻りはできない」
まな姫は、前を見たまま答える。
「ええ。でも――」
「“戦わずに頭を下げた者”を、
無駄にはできない」




