98話 知子の挑戦2
――“骨”を入れるという無謀
知子は、最初の模型を壊した。
正確には、壊れた。
小舟ほどの大きさ。
和船の形に、無理やり“竜骨”を入れたそれは、
進水の瞬間、嫌な音を立てて歪んだ。
「……合ってない」
板が割れたわけではない。
だが、力が逃げていない。
竜骨が強すぎる。
周囲の板が、それについて来られない。
南蛮船は、最初から“骨ありき”で作られている。
だが和船は、板で形を作る文化だ。
(そのまま入れたら、壊れる……)
知子は、失敗を責めなかった。
代わりに、書き直した。
・竜骨は一本ではなく、浅く
・完全な直線ではなく、緩やかな弓形
・板と“噛み合う”溝を作る
夜。
灯りの下で、木片を削る。
指は痛い。
だが、頭は冴えていた。
「骨を支えにするんじゃない……
板と一緒に“働かせる”」
二つ目の模型。
三つ目。
どれも完璧ではない。
だが――
沈まない。
波を受けたとき、船が一瞬で戻る。
横揺れが減る。
きしみが、前より少ない。
南蛮の技術者が、腕を組む。
「これは……和船だ」
褒め言葉だった。
竜骨はある。
だが、主張しすぎない。
あくまで和船の一部として、内側にいる。
知子は、模型を水から引き上げる。
「大きくすれば……
もっと積める」
「外洋も?」
「……いけるかもしれません」
“できる”とは言わなかった。
まだ、確信はない。
けれど、可能性は見えた。
その夜、知子は桜に報告する。
「和船に、竜骨は入ります」
桜は少しだけ目を細めた。
「壊さずに?」
「壊しました。何度も」
「……それで?」
「壊れ方が、わかりました」
桜は笑った。
それは、一番信用できる答えだった。
知子は、まだ職人ではない。
まだ技術者とも言えない。
けれど――
この日、確かに一歩、
“造る側”に足を踏み入れた。




