97話 知子の挑戦
――“船の骨”に気づいた日
知子は、海を見ていた。
潮の流れでも、風向きでもない。
**船の「在り方」**を見ていた。
南蛮船が沖に浮かぶ。
動かないはずの巨体が、波に逆らわず、むしろ受け流している。
「……おかしい」
隣に並ぶ和船は、同じ波で身を軋ませている。
板は丈夫だ。職人の腕も確かだ。
それなのに、挙動がまるで違う。
知子は南蛮船を下から見上げた。
喫水線。
船底。
影の落ち方。
(……下に、何か“通ってる”)
知識はなかった。
図面もない。
だが、違和感ははっきりしていた。
南蛮船は――
腹が割れていない。
和船は、板を重ね、横に繋いで強さを出す。
だが南蛮船は、縦に“芯”があるように見えた。
知子は、地面に枝で線を引く。
「もし……船に“背骨”があったら?」
横ではなく、縦。
船首から船尾まで通る一本。
波を受けても、船全体が一つとして耐える構造。
「……竜骨」
その言葉を、誰に教わったわけでもない。
ただ、そう呼ぶしかない形だった。
南蛮の技術者が振り返る。
「……気づいたか」
知子は驚いて顔を上げる。
「和船には、ありません」
「だから、サイズに限界がある」
知子の胸が、どくんと鳴った。
――大型船が作れない理由。
――外洋に出られない理由。
――積める荷が限られる理由。
すべてが一本の線で繋がる。
「板を強くするんじゃない……
“骨”を作るんですね」
南蛮人は、ゆっくり頷いた。
「骨があれば、肉は育つ」
その日、知子は知識を得たのではない。
視点を得たのだ。
造船とは、形を真似ることではない。
力の流れを読むこと。
知子は、再び海を見る。
まだ図面は引けない。
まだ船は作れない。
けれど――
和船に、竜骨を通す未来は、確かに見えていた。
それは、知識ゼロから始まる、
本物の挑戦の始まりだった。




