96話 野乃の挑戦 2
――完成が、見える日
薬炉の火は、以前よりも静かだった。
それは野乃の心が、ようやく落ち着きを得た証でもある。
煮立たせない。
沸かしきらない。
「効かせる」のではなく、「保たせる」。
幾度もの失敗が、野乃の手順を削ぎ落としていった。
そこへ、桜の声が静かに重なる。
「野乃、これ……煎じる前に“乾かし直して”みて」
「え?」
「南蛮の書き付けにあった。
湿り気が残ると、効き目が揺れるって」
桜の助言は、答えではない。
方向を示すだけの灯だ。
野乃は頷き、すぐに作業を変えた。
火を止め、薬草を広げ、風を通す。
――翌日。
「……っ」
壺の中の液は、濁っていなかった。
香りも、刺すような強さがない。
それでいて、どこか芯がある。
「前より……安定してる」
脈を取る。
少量を薄め、保存を試す。
一日、二日、三日――変質しない。
桜が見守る中、野乃ははっきりと言った。
「……見えました」
「完成形?」
「はい。
あとは、量と作り方を揃えるだけです」
その声は震えていなかった。
長い夜を越えた者の、静かな確信だった。
桜は微笑み、しかし釘を刺す。
「焦らなくていい。
薬は“効く”より先に、“同じである”ことが大事」
「……はい」
野乃は深く頷く。
この薬は奇跡ではない。
劇的に人を蘇らせるものでもない。
けれど――
命をつなぐ確かな一歩だ。
改善に改善を重ね、
知識と経験を重ね、
諦めなかった時間が、形になろうとしている。
炉の火は、今日も静かに燃えている。
それはもう、迷いの炎ではない。
完成へと導く、安定した火だった。




