95話 野乃の挑戦
桜の机の上には、いつも紙が積まれている。
交易の記録、南蛮からもたらされた断片的な知識、薬草の産地、季節ごとの効能――
それらを誰よりも丁寧に整理していたのが野乃だった。
「……混ぜる順が違う。たぶん、ここ」
指先についた薬粉を払い、野乃は深く息をつく。
小さな土間の一角、簡素な炉と壺。失敗の痕跡はすでに数え切れない。
煮詰めすぎて薬効が飛んだ。
温度が足りず腐った。
保存がきかず、三日で変質した。
それでも、野乃は壺を捨てなかった。
「失敗は、理由がわかれば次に使える」
桜から渡された情報は、完成された答えではない。
断片であり、可能性であり、問いそのものだった。
南蛮の医術。
和薬の知識。
僧医の経験談。
それらを**“この土地で使える形”に落とし込むのが野乃の役目**だった。
夜更け、桜が様子を見に来たとき、
野乃は赤くなった目で、それでも真っ直ぐ顔を上げた。
「……まだ、だめでした。でも」
「でも?」
「前より、悪くはないです。
効き目が出るまでの時間が、短くなりました」
その声には、悔しさよりも確信があった。
桜は何も言わず、ただ頷いた。
それだけで、野乃はまた壺に向き直れる。
医薬は、戦の道具ではない。
だが、生き延びるための力だ。
誰かを救えるかもしれない。
救えなかった命を、次は救えるかもしれない。
失敗しては改善し、また失敗する。
それでも諦めない。
野乃は今日も火を落とさない。
それは才能ではなく、
意志そのものが、彼女の強さだった




