雨が降ったら傘をさして Ⅱ
それは突然のことだった。
昨日はいつも通りにリクの家へ行き、いつも通りに家へ帰った。
そして次の日、何の予告もなしにリクは姿を消していた。
「こんにちは、おばさん。リクは?家には居ないみたいなんだけど?」
大抵そんなときはリクは病院に行っているか、家族と買い物に出かけているのだ。今日リクがいないのも、そのせいだと思っていた。
しかし、暖かかった家は冷え、みんなが暗い顔をしている。
「ねぇ・・・・・リクは?リク、もしかして今日は病院?それともおじさんと買い物にでも・・・・?」
そんなことではないなんて、頭の中で理解はしていた。それでも、必死でそのことを否定したくて叫んでいた。
「リクはっ!?おばさん、リクは何処にいるんだよ!いるんだろっ!?リク!リク!」
それほど大きな家でもない。数分で家の中の隅々まで見渡すことができた。
それでもリクはいない・・・・・
庭へ出る。
いない
おじさんの工房へ行く。
いない
リクと出会った公園へ行く。
いない
いないいないいないいないいないイないいないいナいいなイいないいないいないいないいナいイなイいないいなイいナいイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイイナイ・・・・・・・
どこにも、リクはいなかった。
一週間。
リクの家の近所を探した。
二週間。
商店街も探した。
三週間。
俺の家の近くも探した。
一か月。
この街全体を探し回った。
そして半年。
リクは思わぬところで見つかった。
そこは、俺の家の地下室。
まさかと思ってそんなところには行っていなかったのだが、偶然聞いてしまったのだった。
俺の家の中で誰かが会話している。
壁越しだったが、ある程度聞くことができた。
「・・・・はしょうがな・・・・もう・・し、見てい・・・・ば」
「彼は・・・・・地下・・に?」
「・・・契約だ・・・・データが・・・ばもう帰・・・も良い」
「しかし、・・・・罪では?・・・・・しょう?何かあれば・・・・」
「ぬかりは・・い。・・・が何とかして・・・・・る」
‘彼’とは、誰なのか。
それはもしかしたらリクのことでは・・・?
‘地下’と言っていた。
そこに‘彼’がいるのか?
ほんの少しだけ見えた、希望。
リクはこの家の地下にいるかもしれない。
暗い暗い地下室。
それでも見間違えたりなどしない。暗い部屋の中に微かに明かりがあり、それによって顔が見えた。
椅子の上に座り、ピクリとも動かずに虚空を眺めているのは・・・・・・リク。
見つけた。
そう思ったが、誰か人が来る。急いで闇の中に身をひそめた。
やって来た者は合わせて三人。全員が見たことがある。否、知っている人達だ。
その会話、様子からすべてが理解できた。
リクをここへ連れてきたのは、あいつらだ。
許せない。
そんな感情と悲しみがこみ上げてきた。
何故、俺はリクがこんな近くに居たのに気付いてやれなかったんだ・・・?
何故、リクはこんなところに閉じ込められなければならなかったんだ・・・?
すべては分らない謎のまま、その後何回も隙をついてリクを逃がそうとした。
しかし、すべてが失敗に終わり、その部屋の鍵さえも見つからなかった。すべてが終わり、何も出来ないまま、数日後にリクが死んだことを知った。
俺はリクに何もしてやれないまま、一人、この地に立っていた。
冷えた体で身震いし、俺は手に持った花束を墓の前に置いた。
リク・・・・・・
あいつを殺した奴らは分っている。そして、一体リクに何をしていたのかも。
あいつらがリクにしたことは、非人道的で重罪に値する。それでもあいつらが捕まらず、自由に暮らしているのは、陰で誰かが暗躍しているせいだろう。
「許せない者達が五人いる。でも、一人に対しては復讐出来ないだろうな・・・・」
その一人は、どこの誰かも分らないのだから。
大きく溜息をつき、屈みこんでリクの墓と同じ目線に立つ。
「俺は、絶対許せないんだ。お前を殺した奴らと、それに手を貸した奴と・・・・・・」
そこで、言葉に詰まった。このことをリクに言うわけにはいかない。
無理に笑みを作り、コートに付いているフードを深くかぶる。周りからは表情も素顔も見えなくなり、その上にさらに真っ白な仮面をつけた。
目元と口元が笑みの形に歪んだ真っ白な仮面を・・・・・・
「また、来るな」
そう言って立ち上がり、俺は墓地を去る。
許せないものが五人。
まずは、一人・・・・・・・・・・・