雨が降ったら傘をさして Ⅰ
雨が降っている。春なのにそれはとても冷たく、今にも凍えそうだ。
「冷たいか・・・・■ ■。ごめんな、助けられなくて・・・・・ごめん」
薄暗い中浮かび上がっているあいつの墓は、日にちが経って色あせている。でも、あいつの優しさは色あせない。今まで俺に与えてくれた優しさは、俺の胸の内に残っている。
毎日花を送っているが、いつも誰かが先に花を置いていっているらしい。野の花が一輪そっと、そして大き目の花束と中位の花束が一つずつ。
雨の中、それらはまるで泣いているかのように見えた・・・・・・・
俺はずっと、一人だった。親は町一番の権力者。親切で、人付き合いも良かった。
大人達の俺に対する態度は良かったが、その裏には欲望が見え隠れしていた。
学校に行ってもそれは同じだった。先生の特別扱い。それによる生徒達の恨みの視線。
だんだん息苦しくなっていく。
そんな環境から逃げたくなったことは何度もあった。でも、実行できなかったのは俺の弱さが原因だと思う。
しかし、いつかは必ず限界がくるものだ。俺が家から逃げ出したのは、あれが最初で最後だと思う。あの日も、こんな風に冷たい雨が降っていた―――――
体がだるい。
足が痛い。
雨避けの魔法を使わないせいで体も冷えきっている。
「はぁ・・・・・」
上を向いて溜息をついたが、そんなことで不満が消えたりはしない。目に映る空は俺の心の中のように曇りきっている。
逃げてよかったのだろうか・・・・・・
そんな後悔がいまさら胸の中にうずいた。それでももう遅い。今いる場所は、家からかなり外れたこの町の端っこに位置している。家から車で二十、三十分はかかるだろう。
小さな公園のベンチに一人で座りこんで目をつぶった。時間帯と雨が重なり、人影は無い。だんだん暗くなり、ぽつぽつと家の明かりが増えていく。
雨音だけがこの空間を満たしていた。
「どうしたの?」
それは、とても急な事だった。雨が体に当たってこない。
不思議に思って目を開けると、目の前に同い年くらいの男の子が立っていた。雨避けの魔法ではなく、何故か外国の傘を差している。片手には袋を持っており、買い物帰りということだけが分かる。
「風邪、ひいちゃうよ?雨避けの魔法もして無いし・・・・」
不思議そうに言いながら手に魔法陣を作って俺の頭に乗せる。すると、魔方陣の所だけが雨をはじいていく。
「これで濡れないね」
そう言ってニッコリと微笑んだ顔が、少しだけ青ざめていた。
嬉しかった・・・・・
恐らくはじめて貰えた、無条件で得る他人からの優しさ。それが凄く、心に染みた。
これが、あいつと俺の出会いだったのかもしれない。
その少年は、リクと名乗った。どうやらこの近くで暮らしているらしい。家に帰るつもりも無い俺は、帰る家が無いと言ってリクの家に泊めてもらうことになった。
リクの家族は父と母と、兄妹がリクも合わせて四人。なかなかの大家族だ。小さな家だから俺も入れると家の中はぎゅうぎゅう詰め。
それでも、俺の広くて人の少ない寂しい家よりはずっと暖かい。
「何か、安心する・・・」
「ん?何が?」
ポツリと呟いた俺の言葉を聞いたのか、リクが話しかけている。何でも無いと断って、部屋の隅の椅子にちょこんと座り込む。
「ちょっとお父さん、私の教科書何処にやったの?」
「さっき箪笥の上に乗っけたの見かけたけど。姉ちゃん」
「ちょ・・・・お父さん、そんなとこに置いたらわかんないじゃん!」
「貴方も相変わらずねぇ。拾った物箪笥の上に置いちゃうの」
「教科書はテーブルの上にあったと思うけど?」
「いや、悪い悪い。ちょっと邪魔だったから」
軽くもめながらも仲良く笑い合う。今まで感じた事も無い柔らかな暖かさが家の中を包んでいる。
俺の家には無い暖かさ。その感じがやけに胸に染みる。
もしも俺の家も、あんな感じだったら・・・・・・
ふと、そんなことを考えて首を振る。そんなことに、なることなどありえないのだが・・・・・
リクの父は、何処かで見たことがあると思ったら、この村の中でも特に人形作りが上手いと評判の人だった。その人形でかなり金を稼いだらしいが、リクのせいでかなり消費してしまったらしい。
リクは、病気だったのだ。
魔法使いは体内に魔力を勝手に生成する事が出来る。そしてその体内の魔力を魔法陣を使って外に出し、魔法を使う。
しかし、リクの場合は体内の魔力が生成されない。否、生成する事ができないのだ。
だが、今の世の中では魔法を使わないと出来ない事が多い。その為、人工的に体内に魔力を注入する。
その分の医療費が高額なのだ。だから、あまり魔力を行使しないようにする。
だから、雨避けの魔法を使わずに傘を差していたのだ。そんな中、リクは俺に雨避けの魔法を掛けてくれた。
ただ、俺が風邪に引かないようにするためだけに・・・・・・
「ごめんな。魔法、使わせちまって」
「気にしなくていいよ。僕が勝手にやった事だから」
そう言って、リクは明るく笑う。
二日目には勿論、俺は連れ戻されてしまった。
それでもリクとリクの家族は笑いながら見送り、俺を訪ねてくるようになった。俺もリクの家を訪れ、リクを中心にして少しだけでも友達が増えた。
毎日が幸せで、いつか別れが来るなんて事考えてもいなかったのだ。
悲劇が起こったのはリクと出会ってからちょうど一年後。
今から二年ほど前のことだった・・・・・