Ⅳ
「いや~、お美しい。初めてお見かけいたしましたよ。貴方のような方は」
「・・・・はあ・・・」
レオン達と分かれた後、見事に迷子になってしまったシェランとサエはとあるカフェに入っていた。スーツを着た外国人の男性に声をかけられ、上手く断れなかったのだ。
「で、どうでしょう。私の会社でアイドルでもやってみては・・・?」
「いえ、私は・・その・・ちょっと行く所が」
「良いですよ~。貴方のような方は、きっと有名になられて大金持ちになられますよ」
相手はさっきから似たような事ばかりを言っている。
しかし、‘アイドル”が何なのか全く分からない彼女には断る事しかできない。
『のう、氷華。こんな輩は放って置いてサッサと軍を探さなければ・・』
シェランの隣の椅子にちょこんと座ったサエが、そう囁いてくる。それを聞いて微かに頷き、席を立とうとした。
「すみません。私、急いでいるのでそろそろ・・・」
「まあ、そう言わずにもう少しだけ」
相手はそう言ってシェランの腕を掴んできた。
軽く舌打ちをし、サエが臨時体勢に入る。「少しの間」と言われて話を聞かされていたが、もう十分以上もここにいる。
腕を振りほどけないまま、困ったシェランを助けたのは・・・・
「おい、そこの外人」
一人の軍人だった。
彼は相手の腕を振りほどくと、シェランを背に隠し威圧的に言った。
「どうやら、話を聞いていると何かの勧誘のようだが、許可証はあるのか?外国の団体勧誘をする際、必ず許可証が必要なのを知っているだろう?」
その迫力にも負けず、相手は更に名刺を差し出しながら言う。
「私はこういうもので・・・」
「そんなことは聞いてない」
ピシャリとその言葉は跳ね除けられた。
「許可証を持っているか、いないか。それだけを聞いている。持っていないで勧誘を行った場合、罰金があるのだが・・・・」
そこまで言われ、お茶を濁す事に失敗した相手はすごすごと退散して行った。
外人が逃げて行った後、その人を退散させた軍人は、腕を組んでシェランのことを見ていた。まるで品定めでもするように、じろじろと。
彼は三十歳位だろうが、やけに若々しく見えた。短い短髪の下で光る目は、ひどく荒んでいた。
「ぁ、あの!ありがとうござ・・・・・」
軍人の視線に戸惑いながらもお礼を言おうとすると、
「お前、外国人か・・・?」
いきなり質問された。
シェランの見た目は、この国の人とはかけ離れている。そして事実、シェランは外国人だった。
相手の目を上目遣いに見ながら、コクリと頷いた。それと同時に、シェランの肩にサエが飛び乗った。
「あのなぁ、観光者ならこの国の情勢は知ってんだろ?少しは気を付けてくれよ・・・」
頭をめんどくさそうに掻きながら、溜息を吐く。そんな相手にどう反応をしたらいいのか、シェランにはよく分からなかった。
「すみません、あまりよく知らずに来たもので・・」
「普通、観光する国の情勢くらい調べておくもんだろ?いいか、この国は美人が多いことで有名だから、ああいうスカウトが多いんだ。そして、そのグループに入ったりしてひどい目にあったり殺されたりしている人もいる。だからその取締りが厳しいんだ。魔法使いのいる国として、魔法を他国の武力として利用されるのを防ぐ意味もある。分かったか?」
いい加減な対応をしながらも、わざわざ詳しく説明してくれた。鋭い瞳に睨まれ、萎縮しながらも頷くシェランを見て、その目が優しくなった。
「じゃ、次は気をつけろよ」
ポン、と頭に大きな手が乗せられる。彼は優しく何度か頭を叩くと、シェランに背を向けて喫茶店の外へ足を向けていた。それに続いて、シェランも喫茶店の外へ出る。先程の外国人がお金は払っていてくれたのか、店員に呼び止められることはなかった。
振り返らずに歩いていく背を見て、シェランは聞いた。
「あの、南部軍に行く道を教えてくれませんか?」
その途端に彼の手から水色の魔方陣が展開され、そこからシェランに向けて風が吹いた。どうやら、風の後を追えば良いようだ。
「ありがとうございました!」
大分遠くへ歩いていってしまった彼の背に礼を言うと、ひらひらと手を振っていた。その行動に、シェランは思わず笑みを零したのだった。
「シェラン!」
レオン達がそんなシェランに追いつく。大丈夫かと心配するレオンに、シェランは返事を返した。
「おい、あいつって・・・・」
ゆっくりと歩いていく軍人の方を見て、マイケルがレオンに声をかける。
「あいつ、アレがあってから変わったよな」
「あれって?」
そう質問したシェランに、複雑そうな顔をしてレオンが答えた。
「あいつ、フライネル・セレスターっていうんだけどさ、一、二年ぐらい前に起こった事件で家族を亡くしたんだよ。それも、最愛の妻と娘を自分の手で・・・・」
「あれは、そうしなければならない、どうしようもない事だったけどな・・・」
セレスターの弁解をするように、マイケルがそれに続いた。
少し暗い空気が、彼らを包みこんでいた・・・・・