Ⅲ
床にのびているマイケルは置いておき、レオンはシェランの部屋の掃除をする羽目になってしまった。
「何で俺がこんな事・・・・」
ブツブツと呟きながらも、両手に赤、青、ピンク、緑色の大小様々な魔方陣を展開させて部屋を掃除していく。部屋中のあちこちで水が跳ね、熱風が水を乾かし、箒が飛び、埃だらけだった床が直なおっていく。数分も経つと部屋の殆どが綺麗に蘇っていた。
掃除され綺麗になった場所から、シェランは何かを探していった。どうやら小さな物らしくベッドやソファーの下、テーブルの周りを見回っている。
「何してんだ?落し物?」
掃除をやり終えたレオンが魔法陣を消し去りながらシェランに質問する。まだ何かを探しながらもシェランは答えた。
「私のお友達。何処かにはいると思うんだけど・・・」
「そんなに小さい友達なのか?」
「うん」
そうやって二人が話していると
『我はここにいるが?随分と起きるのが遅れていたのう。すっかり待ちくたびれてしまったぞ』
と言う若い女性の声が天上から響いてきた。それに続き、マイケルの腹に今度は黒い影が落っこちる。奇妙な声を上げ体を『く』の字に曲げて、またもやマイケルは床にのびた。
(哀れマイケル・・・安らかに)
などと思いながら祈りを終え、シェランの腕の中に納まった黒い物をレオンは覗き込んだ。
子猫・・・・?である。真っ黒な、その場だけ闇に染まったような黒い子猫だ。尾は二つに分かれていて瞳は黄色く、首に黒と黄色のマーブル模様の真珠を身に着けている。先程の声はその猫が発したようだ。
「これが・・・シェランの友達?」
「うん」
大真面目に頷くシェラン。疑心暗鬼になりながらもその猫を見ようと顔を近づけたレオンだが、猫に睨まれてしまった。おまけに、
『のう、氷華。この不躾な女は何者じゃ?』
などと言ってくる。
「五月蝿いっ!俺は男だっ!」
とレオンは苦情を言うが、
『のう、氷華。国軍の者に挨拶には行かんのか?』
完璧に無視だ。それにはシェランも気付かず、呑気に返事を返している。どうやら南部軍に向かうらしく、その準備をするらしい。猫はシェランの腕から飛び降りると、ドアへと向かった。
『氷華が着替える。さっさとそこで寝ているバカと共に部屋を出て行け』
「誰がバカだよ、全く」
愚痴りながらもマイケルを魔法で浮遊させてレオンは部屋を出た。隣の自室へ行こうとドアを開けると、その隙間から猫が入り込んでくる。その事に顔をしかめ、レオンは文句を言った。
「何でついて来るんだよ。このアホ猫が」
『誰がアホじゃ。ならば貴様は究極のバカじゃな。良かったのう、世界一になれて』
「そんな物で世界一になって喜ぶほど、俺はくたびれてねーよ、あ・ほ・ね・こ」
そう言われ、器用に顔を真っ赤にして怒ると、猫はようやく名乗りを上げた。
『我の名はサエじゃ!バカにするでない』
そう言って部屋に入った後のレオンとサエの口喧嘩は、シェランが着替え終わるまで続いたのだった。
・・・
髪を整え、服も着替えた。最後に黄色で縁取りされた白い半袖の上着に袖を通し、胸元の黄色のリボンをギュッと縛る。
「よしっ!」
軽く掛け声をかけて、シェランは椅子に引っ掛けたバッグを片手に廊下へと出た。栗色の髪を左右一部だけ三つ網に縛り、その先に髪飾りをつけ、白とピンクの花柄のワンピースに先程の上着を着込んで白い靴を履いている。
廊下を数歩だけ歩くと、あっという間にレオンの部屋に着く。シェランが茶色のドアを開け、中を覗きこむと
「黙れっ!このバカ猫!」
火炎が飛んできた。
『のう、そこのオカマ』
「俺はオカマじゃねえ」
『ならば、オカマもどき』
「何でそう変わるんだよ・・・」
レオンの部屋の中、マイケルはソファーにぐったりと寝込み、サエは窓辺で日光浴。首もとの真珠が日光に当たってきらきらと光り輝いている。
椅子の上に胡坐をかき、人差し指を一本立ててレオンはサエに向かって説明した。
「いいか、俺はリリーダル・レオンハルトだ。オカマでも女でもなく、立派な男。分かったか?」
大真面目に話すレオンを完全無視してサエは呑気に窓の外を眺めていた。
『氷華、遅いのう』
そんな態度のサエに、レオンは軽くキレかかるが根性で何とか押さえ込んだ。
「俺は大人だ。これ位でキレるわけには・・・」
ペピチェネチカ国では十六歳で成人なのだ。
『で、そこのオカマ』
「もう我慢できねーーっ!!」
椅子を倒し、勢いよく床に着地すると拳を握り締めてサエに向かって振り下ろす。それを軽く避けてテーブルの上に着地したサエは悠々とレオンを見下した。
『これ位で怒鳴るような輩の何処が大人じゃ?鼻で笑ってやるわっ!』
「この猫ムカつく!お前なんか雑草でも食べてろ!」
腕を振り回して叫ぶレオン。言動はまるっきりガキである。
『我は草は食わん。青臭い』
「だったら何食べんだよ!?」
『ちょこれいとじゃ』
※チョコレート:カカオ油と砂糖を混ぜて固めたお菓子。昔は大人しか食べてはいけない食物だった。
・・・・・
「お前本当に猫かよ・・・?」
『貴様こそ本当に男か?』
「黙れっ!このバカ猫!」
レオンは掌に赤い魔方陣を展開して、そこから噴出した火炎をサエに向かって投げつけた。生意気に避けられた火炎が向かった先はドア付近の壁。丁度ドアを開けて入ってこようとしたシェランが驚いている。
そんなことにも気付かずに、また火炎を放とうとするレオンを押さえつけて止めたのは、ようやく目を覚ましたマイケルだった。壁に当たった火炎はシェランが魔法で消し去り、何とか一段落したのだった。
・・・
もう一度喧嘩するのを防ぐ為にレオンをソファーに座らせ、シェランはサエに早く出掛けようと急かした。しぶしぶと行こうとするサエにレオンは話しかける。
「シェランとは随分仲がいいんだな?やっぱり友達だからか?」
先程の仕返しだと言うように堂々と鼻で笑うレオンに、意外にもサエは怒らなかった。
『我など友ではない。こんなもの・・・・・・ただの罪滅ぼしじゃ』
そう語るサエは、儚くて消えてしまいそうで
『否、それでもまだ足りぬ』
何よりも、そう言うサエを見るシェランが凄く悲しそうで
それを言った事に、レオンは後悔した。扉を閉めて歩いていく二人(一人と一匹?)の足音が遠ざかり、気付いた時にはもう居なかった。
「・・・・あ」
何かを思い出したように手を叩き、マイケルはレオンを置いて走り去ってしまった。レオンは訳も分からずに彼を追いかける。
「急にどうしたんだよ!?」
「二年前、軍で巨大な建設工事があっただろ?」
「それがどうか・・・・・・・あっ!」
やっと気付いた様子のレオンに、マイケルはこくりと頷いた。
二年前に南部軍の位置は建設工事で変更されたのだ。
「「絶対に迷う」」