Ⅰ
ここは、ペピチェネチカ国南部軍司令塔。南部軍に配属された軍人達は、ここでそれぞれの仕事を行っている。その司令室の中の一つ、将軍の執務室では……
「死ねぇぇぇえええ!!このヤローー!」
…何故か、格闘をしていた。
格闘をしている内の一人は軍人である。南部軍の軍服の特徴である紺色の地に白い線のついた服に、厳つい黒のブーツを履いている。適当な長さに切ってある赤茶色の髪に、白い肌、金色の瞳は鋭く光っている。
彼は南部軍の将軍。シュトラ・スマイクである。真面目なことで有名で、仕事を先送りにしたことは無いらしい。その彼は今、上着を脱ぎ捨てて目の前の相手と相対していた。
その相手はリリーダル・レオンハルト。(略してレオン)年齢は十六。国家魔術師をやっていて、配属先は南部。男にしては長すぎる、腰まであるストレートの赤茶色の髪を一つに縛っている。金色の目は目付きが悪く見えるが、その大きさと睫毛の長さからパッと見、女の子に見える。簡単に言うと、女顔だ。
レオンは低い身長を補うほどの高さまで跳躍し、スマイクの頭に飛び蹴りをした。その攻撃をスマイクは後退して避け、素早く彼の足を掴むとそのまま床に叩きつけた。
「痛っ!」
後頭部を床にぶつけたレオンは片手で頭を抑えながら立ち上がった。しかし、反撃する間もなく次々と攻撃が繰り出される。それらを何とか避け、体勢を整えたレオンは攻撃をしようと前に出たが、運悪く風に乗ってきた書類に足を取られ、再び床に後頭部をぶつけた。
「………っ!」
痛みに悶絶し、今度こそ動けなくなったレオンを蹴り飛ばして部屋の隅に追いやったスマイクは、身支度を整えるとどっかり椅子に座った。頬杖を付くと顔を嫌そうに顰めながら言う。
「それで?何故ここに来た途端、私に攻撃をしたのか。言い訳くらいは聞いてやろうか。リリーダル・レオンハルト、タウァン・マイケル。丁度今日は仕事が少ないからな」
「あ、もう終ったんですか~?将軍」
室内の格闘には我関せずの様子で、窓辺で呑気に煙草を吸っていた青年はこちらを振り返った。
彼は、タウァン・マイケル。地位は少尉。サッパリした長さに切ってある短い金髪に、一見優しそうに見える糸目。噂好きで自由人な彼は無類の煙草好きだ。
「司令塔内は禁煙だ。何度も言っているだろう」
「何言ってるんですか?煙草が無くなったら、オレは死にますよ?」
「勝手に死んでろ」
スマイクは深く溜息をつき、復活したレオンと名残惜しそうに煙草を見ているマイケルを眺めた。
「…で?何故私を攻撃したのか、話位は聞いてやろうじゃないか」
「あれは、三十分位前だったか?急に俺の部屋にマイケルが入って来て……………
」
そうして、やっとレオンの口から今回の騒ぎの始まりが告げられた。
・・・
三十分前、レオンは軍の寄宿舎にいた。
仕事のために連続一週間働きっぱなしだった彼は、自室のベッドでぐっすり眠っていた。春の心地よい暖かな風が、開いた窓からハラヴェラ(この国で咲く春の花)の花弁と共にそっと入り込む。
そんな穏やかな描写をぶち壊したのは、他ならないマイケルだった。
「おお~~~~いっっ!!開けろよ~、レオンハルト~!」
鍵のかかったドアをドンドンと叩き、物凄く迷惑な男はレオンを叩き起こしたのだった。起こされた件のレオンは、勿論滅茶苦茶不機嫌だ。ベッドから上半身を起こすと、耳をふさいで、
「う・る・さ~~~~~~いっっっっっっ!!近所迷惑だ、少しは黙れっ!」
・・・・と、マイケルよりも大声で叫ぶ。しかし、現在時刻は午前十一時。この時刻で寝たままのレオンの方もおかしい。
イライラしたままのレオンはドアの所まで行くと鍵を外し、マイケルの鼻よ砕けろとばかりに思いっきりドアを開けた。その行動を予想していたのか、マイケルは呑気にドアを避ける。
「・・・・何の用件だ。間抜け」
「うわっ、酷い呼び方。マイケルの『マ』は間抜けの『ま』とでも言いたいんですかね?」
軽口を叩きながらも、手を上にあげながら部屋の中に入ってきた。そんな彼を嫌そうな目で見送り、レオンは扉を閉めた。
部屋の中の中心に置いてあるテーブルと椅子の所まで行くと、マイケルは私服のポケットから煙草を取り出した。そして、指先に赤くてシンプルな魔方陣を出すと煙草を近づけて火をつけた。
あっという間に室内の天上に煙が充満し始める。レオンは窓まで行って、窓の大きさとほぼ同じ大きさの魔方陣を窓に固定した。すると、風が煙を外へと運び出していく。
「で?何の用件だ」
椅子に腰掛け、美味そうに煙草を吸うマイケルにレオンはもう一度言った。
「隣の部屋に・・・・」
「隣の部屋?俺のか?」
コクリとマイケルは頷く。レオンの機嫌が悪いので、大人しくすべきだと判断したのだろう。
隣の部屋は国家魔術師の一人が使用していたらしいが、三年ほど前からずっと閉ざされている。住んでいた住人の名前さえ分からず、今となっては『開かずの部屋』と呼ばれる始末。鍵もかかっていて、中に入る事すら出来ないのだ。
「隣の部屋に、火の玉がいるって噂なんだ」
「へ~~え。火の玉、ね」
「それも、虹色の!」
虹色の火の玉など、今まで聞いた事もない。火の玉といえば、赤か青だ。
普通で無い変わった物やおかしな事件。そういう事が好きなレオンは、一瞬でその話に興味を持った。
「虹色の火の玉が『開かずの部屋』に・・・・。面白そうだな」
「そうだろ、そうだろ!面白そうだろ、だから、隣の部屋をちょっと覗いてみようぜ。鍵を探し出して!」
「『開かずの部屋』の鍵か・・・三年間も他の者に取られたりせずに済む所は・・・・・」
二人して考える。そして、ずっと考えて出た結果は、
「「将軍の所っ!!」」
・・・
話し終わると、スマイクは大きく溜息をついて立ち上がった。そして、目の前に居るアホ二人にゆっくりと話し始めた。
「そんなおかしな理由で、鍵を渡すわけが無いだろう?脳があるならちゃんと使え。そもそも、貴様らの行動は普段から目に余る。喫煙はするは、備品は壊すは。もっと国家に尽くしている自覚というものをだな・・・・」
その後、スマイクの愚痴は二十分間続いた。
二十分後。きりのいい所で、レオンがスマイクの愚痴に割り込む。
「はいはい、分かりましたよ。反省すりゃ良―んだろ?」
「本当に反省しているのか怪しい所だが、まあ、今日はもう良いだろう。二人は休日が終ったら覚悟しておけ。仕事を普段の倍にしてやる」
マイケルとレオンは今のうちに散々文句を言うと、大人しく部屋を出て行った。
……トン、トンッ……
ドアを叩く音がする。
「どうぞ」
「失礼します・・・」
澄んだ高めの声と共に女性の軍人が入ってきた。不思議そうな顔をしたまま、コーヒーを彼女は片手にスマイクの机の前までやって来る。
「将軍、コーヒーをお持ちしました。それと・・・」
「なんだ?セルビー」
彼女は、レミニン・セルビー。南部軍の大尉である。外国人で、綺麗に切りそろえた黒髪と赤い瞳が印象的だ。南部軍一の秘密主義者でもあり、情報通でもある。
セルビーはコーヒーを机の上に置き、上着の裾を整えているスマイクに話しかけた。
「先程、レオンハルトさんとマイケル少尉が部屋を出て行きましたが何かありましたか?」
「いつものようにバカなだけだ。例の部屋の鍵が欲しいとな」
「左様ですか」
頷きながら窓辺に寄りかかり春風を堪能しながら、セルビーは誰にも聞かれないようにポツリと呟く。
「やっと時が満ちたようですね・・・・」
「?・・何か言ったかね?」
「いえ、何も」
スマイクは軽く疑問に思ったが、特に気にせずに話を切り上げる。セルビーは彼の疑問を打ち消すため、慌てて話を変えた。
「それで、例の部屋の鍵はちゃんとありますか?」
「手抜かりは無い。ちゃんとここに・・・・・」
話しながらスマイクはポケットに手を突っ込み、鍵を探す。ポケットには物を落とさないようにチャックが付いている。それを開け、閉め、もう一度探す。最後には机の上に中身を全て出して探すありさまだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・無い」
「はっ?」
驚いた声を上げて、セルビーも鍵を探す。
「・・・・ありませんね」
呆れたように溜息をつき、彼女は近くの椅子に座った。そして、小声でポツリの呟く。
「そう言えば、レオンハルトさんが妙に嬉しそうでしたね・・?」
その話を聞き、スマイクは怒りに満ちた声で叫ぶのだ。
「あのクソガキ共ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
その怒りを拳に宿し、怒り発散のために思い切り机を殴る。
「・・・・・新しいデスクが必要なようですね」
冷静な判断を下し、セルビーは書類にサラサラと追加備品を記入した。