紅色の影
夕刻の薄暗い路地。その片隅では、すっかり酔いの回った男が倒れこんでいた。
家に帰るために何度も立ち上がろうとしたのだが、足は言う事を聞かずに宙を彷徨うばかり。真っ赤になった顔を空に向け、頭部を壁に寄りかけて冴えない頭を冷やした。
どれだけ時が経っただろう。
気が付けば、日は傾きかけている。いつの間にか眠っていた男は、ゆっくりと目を開けた。
足音がするのだ。
冷たい路上を、コッコッ・・・・と革靴が踏みしめている音。その音は、真っ直ぐ彼のもとへと向かって来る。
そして足音が止まった。一つの黒い影が男を見下ろしている。
「・・・・コンバンハ」
わざと風の魔法を使い、声を変えている。地獄の底から響いたかのような声は、男の心臓を一瞬だけ止めた。
「・・・・ぁ・・・・・」
その何者かが、屈んで男の目の前に顔を突き出した。薄暗い路地の中、陰でよく見えない顔を男は視界いっぱいに映す。
黒いマントが地面と擦れて微かな音を立てた。それと同時に、誰か(・・)はにやりと笑う。
「・・・・ぁ、・・・・ぁ、あ・・・」
旋律が男の身を襲う。
酔いが一気に覚め、体中が痙攣した。指がわけも無くうごめき、地面を引っ掻く。爪がはがれ、血が噴き出してもその動きは止まらなかった。
「・・・・なっ・・・・ぁ、・・・あ・・・!?」
「イウコトハソレダケカ?」
「・・・ぁ、い、否・・・・本当にッ・・・」
男の足が動き、逃げ出そうと空回りする。しかし、相手の左腕が男の胸倉を掴んで離さない。
「“ホントウニ”・・・・ナンダ?」
「本当に、悪かったと思ってるッ!本当だ!リクのことは、申し訳ないと思ってる!」
「・・・デハナゼ、ニゲヨウトスル?」
その言葉に、男は顔を青くした。言って良いのか躊躇ったが、逃げ場はない。
「・・・・お前が絶対に、わたしを許さないからだ」
間が開いた。
少しの沈黙ののち、満足気に誰かは頷いた。
「アア、セイカイダ(・・・・)」
それと同時に、素早く彼の右手が動く。懐から取り出された刃物が鈍く輝きながら男の胸に突き刺さった。
左手を器用に使い、それは男の心臓へと深々と突き刺さる。真紅の血が一滴地面に滴ると、彼は立ち上がった。
その目の前で、すでに心臓の止まった男の亡骸が、ゆっくりと倒れこむ。
それを冷たい目で見ていた彼は、手袋をはめた手で男の傷口の血を少しだけ弄り回して指先に血を付けると、地面にある言葉を書いた。
“一人目”
そして、いつの間に顔に被っていた真っ白な仮面を血の付いた指で撫でる。真っ白な色に、致命的な赤色が混じる。
そんな事は無視して、彼はその場を立ち去った。
復讐を遂げたはずの彼の仮面の下の表情は、どこか悲しげで。
「リク・・・・」
ポツリと呟いた言葉は、虚空に紛れて消えていった。