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第一章 人形の町  作者: 黒蝶 羅々
第二話 死神と月光の樹
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 汽笛の音が鳴り響いた。明けたばかりの空はまだ微かにオレンジがかり、澄みきった空気で音は遠くまで反響する。

列車は、後数十分で目的地に着く。しかし、山を伝って町へと降りていくそれからは町の様子がよく見える。

「あそこが、アルフェン町ですね」

『氷華、我を落とすでないぞ』

「大丈夫。ちゃんと抱っこしてるから」

 昨夜のシェランの発言が気になり、なかなか寝付けなかったレオンはそんな風にはしゃいでいる一人と一匹の隣で欠伸を噛み殺した。ぐっすり寝られたであろう彼女らは、そんな彼の様子はお構い無しで車窓から見える景色を楽しんでいる。

「あんまり乗り出すんじゃねぇぞ。落ちるからな」

 景色にはしゃぎ過ぎて窓から大きく身を乗り出していたシェランが、そう言っている傍からバランスを崩す。サエを抱えたまま車内から落ちそうになるのを、急いでレオンは引っ張り上げた。

だが、昨夜の事を思い出して何やら恥ずかしくなり、すぐに彼女を支えていた手を引っ込める。心なしか赤くなった顔が冷めるのを待って、彼女らに向き直った。

「ここら辺は崖だからな。落ちたら本気で危ないぞ」

「は、反省します・・・」

『ふんっ!そんなこと分かっておる。貴様に注意される筋合いなどない!』

 シェランは素直に反省してしょんぼりと肩を落とし、それとは真逆にサエはレオンを睨んでくる。この二人(?)は同じ事を言っても反応が全く違うので面白い。

だが、サエもこれ位素直だと楽なのに。と、レオンは思わずにはいられなかった。


 そんな事をしていると、ドアをノックしてくる音が聞こえた。

「あ、あのぅ・・・」

 ドアの向こうから聞こえてくる声は、昨夜食堂で一緒になった老婦人のものだ。別れ際の微妙な雰囲気の後、彼らとどう接して良いのか分からないのだろう。

『?・・・・何の用じゃ?』

 それに反応したのはサエだ。シェランに頼んでドアを開けてもらい、廊下へ出る。レオンはというと、やはり気まずくて彼女らについて行くことが出来なかった。

 廊下には、老婦人が一人で佇んでいる。老人はそこにいない。

レオンが出て来なかった事に安心したのか、部屋から出て来てもらった事にホッとしたのかは分からないが、一人と一匹の姿を見て老婦人は顔を綻ばせた。

彼女は、今日は町に着くからなのかきちんとした服装だ。真っ白なブラウスに赤みがかった茶色のスカート。上着もスカートと同色で皺一つない。

「おはよう。これから、町に着くでしょう?事件を解決するために来てくれた方だからということで、国家魔術師の方々は基本的に町長や村長宅で歓迎するのが習わしなのよ」

『成程。だから迎えに来た、という事か』

「ええ。準備は、もう出来ているかしら」

「はい。ちゃんと終わってます」

「それじゃ、後十分位で着くから荷物を持っていらっしゃい」

 まだ微かにぎこちないが、柔らかな笑顔を浮かべて老婦人は少し場を開けた。


 シェラン達が部屋に戻り、しばらくすると憂鬱そうな顔をしたレオン、シェランとサエがそれぞれリュックとショルダーバックを片手にやって来た。何日も滞在するかもしれないというのに、その鞄は比較的小さい。

その鞄には魔法がかかっており、荷物を中に入れると何分の一かの大きさに変わる。そして、仕舞いやすいようにと考えられたポケット等に入れておくことが出来るのだ。つまりは、鞄の中に魔法で大量の収納ボックスが入っているようなもの。重さは常に一定に保たれているので、たくさん入れたらその分重たくなるわけでは無い。

 この国の人々は大抵そんな鞄を使用しているため、荷物の量でどれ位滞在するのか判断する事は出来ない。しかし、鞄の値段によって同じ大きさでも入る量が全く違うので貧富の差は分かりやすい。


 町長というだけあって裕福なのだろうか。老夫婦も、比較的小さな鞄を手に夜行列車の出入り口に立っていた。

最近事件が新聞やラジオで騒がれているので、アルフェン町で降りる者はレオン達と老夫婦、カメラを肩から下げた新聞記者しかいない。

 しばらく待つとドアが開き、駅に着いたと知らせる汽笛が響き渡る。

赤レンガで出来た素朴な駅のホームに降り立つと、老婦人が優しい声で言ってくれた。


「―――――――――ようこそ、アルフェン町へ」


 駅の真横にある通常の四倍はあろうかという巨木が、風に揺れてざわざわと音を立てた。
















 駅に降りると、彼らの横を風が通り過ぎていった。駅は横にある巨大な木によって影が作られ、所々から日光が差し込んできている。

明るい日差しに目を細めて、荷物を抱えなおすとレオンは口を開いた。

「でけぇ・・・」

 思わずそういってしまうほどに、その木は大きい。いったい樹齢何年を越えればこれほどまでに立派な幹を持てるのかと疑問に思うほどその姿は堂々としていた。それは、駅の隣の広い空き地に根を生やしている。

「大きな木でしょう?これはね、“月光の樹”って呼ばれているの」

 手品のネタはこっそりと教えるように、くすりと楽しそうに微笑んで老婦人は説明を始めた。

「元々あの場所は持ち主が亡くなってしまったから、土地を国に譲るはずだったの。あんなに広い場所、管理しきれる人もいなかったし。それで、その手続きをしていたある日たった一晩であんなに大きな大樹が根付いていたの。まるで、月の光を浴びて通常の何倍も速く成長したかのように」

『それで、“月光の樹”なのか』

 成る程、と頷いてサエはその木を見つめた。先程よりも少し強めの風が吹き、数枚の葉が風に舞いながら落ちてくる。その一枚をそっと手でつまみ、シェランはじっとそれを見つめた。

「変・・・・ですね」

 何が、とははっきりと言わずにきれいな緑色をした葉を日にかざして言葉を続けた。

「三つが混ざり合って、中身はとても歪なのに外見は他と変わらない。二つのものを無理やり一つがくっつけていて、ごちゃごちゃしてる。何だか、凄く変」

『幻覚ではないのか?』

 その言葉に、彼女は手のひらを葉にかざした。しばらくすると葉の一部が赤く燃え上がり、一瞬で真っ黒な墨へと様変わりする。

「実態は、あるみたいね」

 それでもやはり納得がいかないのか、少しだけ眉をひそめると鞄の紐をぎゅっと握り締めた。


  「あれは・・・・何?」


 その視線の先には、一本の巨木が佇んでいる。

サエとシェランの会話は、駅を出発した夜行列車の汽笛で打ち消されていた。

 そんな不穏な空気に気づかずに、レオンは彼女らを呼ぶ。老夫婦の家まで案内してもらうのだ。



 この町に漂う気配に気づく者は、まだ誰一人としていなかった――――



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