Ⅲ
食事も終わり、老夫婦と別れて一時間後・・・
レオンは一人、夜行列車の最後尾で流れゆく光景を見ながら夜風に当たっていた。
あれから気分が沈んだままの彼に何を言えばいいのか分からず困惑したシェランを連れて、サエは一緒にシャワーを浴びに行っていた。恐らくはもうシャワーを浴び終え、眠っている頃だろう。
「やっぱり、まずかったかなぁ・・・」
落ち込んでいるのが丸分かりだったため、彼女には余計な気を遣わせてしまった。
自分の方が先輩で、彼女を引っ張っていくべき存在なのに。
「俺が単独行動向きなの知ってて、なんでこんな事してんだか。将軍の奴・・・」
そう愚痴るが、それがただの言い訳なのは分かっている。
事件に関係した者の死―――――
それは、いつも何故か自分に付きまとって来る。国家魔術師であるシェランにも、その火の粉が降りかかってくるかもしれない。
だから、この事件は一人で解決し、早々に彼女と別れようと思っていた。
だが・・・
「まずい、よなぁ・・・・かなり、というか絶対」
赤くなる頬を、頭を振って消し去ろうとする。それでも、まだ火照ったままだ。
「どうかしてる・・・・おかしいぞ・・・何か、色々と」
自分でも何を言っているのか訳が分からなくなってきた時。
「レオン、さん・・・?」
すぐ背後で、声が聞こえた。驚いて、レオンは振り返る。
そこにいたのは、シェランだった。風のせいで暴れる髪を抑えつけて、困惑した表情でこちらを見つめていた。
「あの、落ち込んでいるようだったので。どうしたのかなぁ・・・って、思って。それで・・・」
心なしか頬が赤い。それでも、何かを伝えたいようで必死に言葉を紡いでいる。
「その、何かあるんでしたら・・・」
柔らかい、薄紫色をした寝間着の裾を握り締めて、何も言えないままでいるレオンに青色をした瞳を向けた。
「お話位なら、聞きますから!」
「はな、し・・・?」
「あっ・・・・えぇと、落ち込んだ時は誰かに少しでも自分の思いを語った方が楽になる、ってサエが・・・」
どうやら、それでわざわざ来てくれたらしい。ちなみに、サエはレオン達に構わずさっさとベッドで寝てしまっている。
しかし、今のレオンにはサエのことなど考える余裕は無かった。
「良い・・・のか?」
「は、はい!折角一緒のお仕事になったんですから、こぅ・・・もっとお互いの事を色々と知って、意気とーごーした方が良いと思うんです」
「それには賛成だな」
一生懸命力説する彼女にこくりと頷き、大人しくレオンは座った。風があまり当たらない隅の方で、膝を抱える。そのすぐ隣に、シェランが座った。
風呂上がりのせいだろうか、柔らかな石鹸の匂いが鼻をくすぐる。何となく気持ちが落ち着いてきて、レオンはポツリポツリと話し始めた。
「昔、さ。俺がまだ小さくて学校に通ってた頃、仲が良かった後輩がいたんだ。良い奴だったよ。大人しくて、病弱だけど頭が良くてさ。虫も殺せないような優しい奴だった」
ちなみに、この国の義務教育は十二歳までだ。
二人は本当に、仲が良かったのだろう。強張っていたレオンの顔が少しだけ綻ぶ。
それを見て、シェランは少し安心した。しかし、すぐに彼は眉を顰めた。
「けど、俺が卒業してそいつと別れて国家魔術師になった後。そいつが、父親に命令されて無理矢理軍に入れられたって話を聞いたんだ。もしかしたら会えるかも、なんて期待していたけど会えないまま二年が経った」
大きくため息をつき、真剣に話を聞いてくれているシェランに自嘲気味に微笑み、話を続ける。
「そんなある時、軍から命令されたんだ。ある地区で、軍人達による大規模なテロが起こったのでそれを鎮圧して来いってさ。射殺命令さえ許可されていたそこで、そいつは笑っていたよ」
「へぇ~、何か良い事でもあったんですか?」
テロなど不穏な響きに眉を顰めず、シェランはそう相槌を打つ。
「良い事・・・・・か。あいつにとっては、良い事だったんだろうなぁ。反対してた軍人の息子の頭に、銃を向けていたんだから」
本当に悲しそうに、レオンは昔とは様変わりしてしまった後輩の事を嘆いている。まだ肌寒い春の夜風は、まるで彼の悲しみを表しているようだった。
銃を向けていた、という言葉にシェランは顔をしかめる。それは、決して良い事ではないだろう。
それを愉悦ととってしまうほど狂ってしまった後輩を、一体どんな思いでレオンは見ていたのだろうか。
「まだ小さい、三、四歳位の子供がさ。不思議そうな顔してそいつのこと見てたんだ。きっと、自分に向けられていた物が何かも分かっていなかったんだろうなぁ」
「それで、レオンさんは・・・・?」
「殺した(・・・)よ」
目の前の後輩が何か言い訳をしているのも、耳には届かず。
そのまま、レオンは殺傷性のある魔法を彼にかけていた。涙を流したまま、彼はその場で息絶えたらしい。
「当時、Sランクだった俺はその事がきっかけでSSランクに昇格した。それからだよ。何故かいつもいつも、仕事に行くたびに死人が出る。まるで呪いみたいに・・・」
そこまで話すと、ふとレオンはある疑問が浮かんだ。虚空を眺めていた瞳を、こちらを見つめながらずっと話を聞いてくれていたシェランに向ける。
「そういえば、どうしてシェランは国家魔術師になったんだ?」
「えっ・・・・?どうしてって・・・・レオンさんの方こそ、どうしてそんな思いまでして国家魔術師に?」
「それは・・・昔、家が火事になって両親が他界したんだけど、妹が一人いて、そいつを養わなきゃいけなかったから・・・・でも、今は妹も行方不明になってここにはいない。今でもやってる理由は、その妹を探すために――――――――って、話を逸らすな!」
思わず今までの流れで語ってしまった。次はシェランの方が語るべきだ。
彼女には、あまりにも謎が多すぎる。
何故、埃よけのシーツを被って眠っていたのか。
何故、無一文なのか。この国で今まで暮らしていたなら、少し位は持っていてもおかしくないはずだ。
何故、外国人なのに魔法が使えるのか。しかも、普通なら使用するはずの魔方陣を使わずに彼女は魔法を行使していた。
何故、喋れないはずの猫が言葉を話すのか。
そして何故、こんなにもこの国の事に疎いのか。
他にも沢山あるが、語りきれそうにない。それほど、彼女の存在は風変わりなのだ。
「わ、私ですか!?えっと・・・私も、レオンさんと似ているんですけどお母さんを探してるんです。この国にいることはなんとか分かったので」
「母親?」
「ええ、とっても素敵なお母さんでした。優しくて、いつも家族思いで、私の事をとても大事にしてくれていたんです。でも、“きっとあなたは幸せになれるから”って言って、何処かに行ってしまいました。帰って来るって言っていた期限はもうとっくに過ぎているのに、帰って来ないのでサエと一緒に探しに来たんです」
彼女は彼女で、色々あるようだ。
「で、私に出来るのは魔法位ですから。教えてもらった国家魔術師になったんです。それに、もう一つだけ探している事があるんです。それは・・・」
そこで、冷えたのかくしゃみをした。少し寒そうに腕をさする。風邪をひかせては申し訳ないので、二人は部屋に戻ることにした。
風の入って来ない車内は温かい。オレンジ色の柔らかな明かりの中、人差し指を唇の前に持って来てシェランは話の続きを囁いた。
「死ぬ為の方法です」
サエには、黙っていて下さいね。このことは内緒なんですから。と、悪戯っ子のような笑みを見せてシェランは部屋に戻って行った。おやすみなさい、と声をかけてサエが寝ていたベッドに入り込む。
死ぬ為の方法・・・・彼女が何故そんなモノを探しているのかは分からない。
首を切る。あるいは、毒を飲んだり車に引かれたりしたら、人間は簡単に死んでしまう。それなのに何故・・・?
すでに寝息を立て始めていた彼女に、その事を訊くことは出来なかった。