Ⅱ
「・・・・」
散々暴れながら食堂車にたどり着いた後。
「・・・・」
レオンは、夕食を食べてひたすら黙っていた。
「はい、あ~ん」
もぐもぐ・・・
「もう一口いくね。あ~ん!」
『のう、氷華。別に我は一人で食べれるのじゃぞ?』
「いいから、サエはもっといっぱい食べて大きくならないと!」
大きくなって一体どうするのだろう。
(黒ヒョウにでもなるつもりか・・・?)
そう思いながらもレオンが絶句するしかない理由は、テーブルの上に広がっていた。
チョコレートケーキにチョコレートパフェ。ココアとホットチョコレートとチョコレートフォンデュにチョコアイス。温フルーツのチョコレートがけにガトーショコラにトリュフとチョコレートのアイスケーキ。
大量のチョコレートがテーブルの上を埋め尽くしている。
横を通り過ぎていく人々は皆、テーブル上のチョコレートと一風変わった猫とこの世の者とは思えない美しさを持つ少女に驚いていた。レオンとしては他人のふりでもしたい気分だ。
長い間食事を摂っていないと語っていたシェランは結局コンソメスープ一杯を飲んだだけ。早々と食事を済ませるとサエに大量のチョコレート料理を食べさせている。
「チョコレートしか食べるものが無いのかよ・・・」
思わずそう呟くと、地獄耳とも言えるほどの聴覚を持ったサエがすぐに反応する。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら言う。
『何じゃ?貴様も食べたいのか?ほれ、氷華食べさせてやれ』
「えっ?じゃあ・・・」
シェランはその言葉を真に受けて本気でレオンに食べさせるつもりらしい。まだサエが手のつけていないガトーショコラとチョコレートパフェを手にして、うんうんと悩んでいる。しばらくすると、レオンに聞けばいいのだということに気づき、こくりと首を傾げて質問してきた。
「えっと・・・・どっちが良いですか?」
「べ、別に食わねぇよ!」
『ほぅ、氷華の誘いを断るのか?』
「誘うように仕向けたのはお前だろうが!!」
色々な意味で顔を真っ赤にして怒る彼をからかうのが面白くなったのか、サエはさらに追い打ちをかけてくる。シェランは何故レオンが顔を真っ赤にしているのか理解できないようで、両手に菓子を持ったまま困惑中だ。
『氷華、ガトーショコラなら奴に食わせてやっても良いぞ』
「そ、そう?えと、じゃぁ、レオンさんはいっ」
おずおずとフォークで一口大に切ったガトーショコラを差し出して来る。可愛らしくにこりと微笑んで
「あ~んっ!」
彼女の持ったフォークが口元まで五センチ程度に近づく。顔をさらに真っ赤にしながらどうしたらいいのかと悩むレオンだったが、シェランの膝の上でニヤニヤと笑っているサエを見て決まった。
「お、俺は別にいらねぇから!」
思わずテーブルを殴りつけたその手が、レオンのハンバーグの皿に当たる。嘘のようにハンバーグが宙を舞い、レオンの背を通り越していく。
「あっ・・・!」
それは誰が言ったのだろう。
宙を舞ったハンバーグは、ぺしゃりとレオンと背を向けて食事をしていた老人の白髪頭に乗っかった。
「あら、まぁ」
老人と楽しそうに食後のデザートを食べていた老婆が、驚いた様に口元に手を添える。優しそうな、気品のある彼女がレオン達の方を覗きこんできた時。
「この、クソガキがぁぁぁぁぁあああああ!!!」
怒り狂った老人が、ハンバーグを頭に乗せたまま振り向いた。
それから、老人に説教されること数分後・・・
「まあ、それじゃぁ一緒ね。私もアルフェン町へ行くのよ」
「そうなんですか?では、御一緒しても構いませんか?」
「勿論。こんなに可愛らしい御嬢さんと猫ちゃんなら、大歓迎」
『事件が起こっている場所に行くとは変わってはおるまいか?』
「しょうがないわよ。自宅があそこだから。でも、事件さえなかったらとても良い街よ」
女性陣は、すっかり意気投合していた。
それに対して、老人とレオンの仲は悪化している。席を変え、丁度老夫婦とレオン達が相対するように座り、レオンと老人、シェラン&サエが老婆と向かい合うようになっている。
「それにしても、あんな事件が起こって騒ぎになっているような町に何しに行くんだ?まさか、お前が事件を起こしてるなんてことは・・・」
「無い!!絶対無いからな!逆に解決しに来たんだよ!」
「貴様のような小童に何が出来る!?」
「爺さんよりは役に立つさ」
「なぬっ!?儂はまだまだ現役だ!」
レオン達は老人の説教の後、ずっとそうやって罵りあいをし続けている。そんな二人を無視して、老婆とシェラン達は楽しそうに情報交換を行っていた。
「実はね私達、アルフェン町の町長をしているのよ。夫婦で旅行に行っている間にあんなことになるなんてねぇ・・・」
『ちょーちょー?』
「虫?」
不思議そうに首を傾げる彼女らを見て、くすりと老婆は微笑んだ。
「簡単に言えば、町のリーダーみたいなものよ。今は、その役目を一人息子に任せてあるの」
「そうなんですか。実は私達も、国家魔術師をしてるんです」
「若いのに偉いわね~。じゃ、もしかして上の方から頼まれて?」
『ま、そういうことになるかの』
「名前を教えて下さらない?有名な方なら、少しは知っていると思うの」
「私は初めての仕事なので・・・・でも、レオンさんなら」
その名前を聞いて、老夫婦は一瞬だけ固まった。にわかに不審な空気が漂い、不安そうに老婆が隣にいる老人を見る。
「レオン・・・・さん?」
確認するように、老婆がレオンへと視線を向ける。その不審な行動の理由を知っているのだろう。レオンは少し苦い顔をして頷いた。
「そう言えば、貴様の眼・・・・左が少しオレンジがかっているな」
レオンの黄色い瞳は、よく見ると左右で少しだけ色が違う。
「リリーダル・レオンハルト・・・・か?」
注意深く、慎重に老人はその名を口にした。まるで、それが悪いことだとでも言うように。
真剣な顔をして、レオンは頷く。盛大な溜息をついて、老人は顔を伏せた。
「し、知ってるんですか?レオンさんって、有名だったんですね」
雰囲気を変えるためにシェランが笑うが、その場に変化はない。顔を伏せたまま、老人は呟く。
「“違い眼の死神”が、儂の町に何の用だ?」
「シェランが言っただろ。軍からの命令だ」
「よりにもよってコイツ(・・・)を寄越すとは・・・・軍は何を考えているんだか」
残念そうにそう語っているが、シェランには何のことかさっぱり分からない。
「“違い眼の死神”って・・・?」
不安そうに聞いてくるシェランを見て、老婆はレオンの顔を一瞥して説明してくれた。
「結構有名なのよ。彼が仕事に来た村や町では、死人が出るはずのない事件でも必ず事件に関連した死人が一人以上出る。偶然にしても、必然にしても、必ず人が死ぬ。その事からついた裏のあだ名よ」
「俺じゃねぇよ」
少し悲しそうな顔をして、レオンは皆からそっぽを向いた。
「俺が好きで死人を出しているわけじゃない」
沈黙が、彼らを包んだ。