Ⅰ
あれから数時間後・・・
レオン、シェラン、サエは夜行列車の中にいた。
魔法と科学を上手く組み合わせた車体は揺れることがなく、普通の建物の中にいるようだ。防音も発達しているので室内は驚くほどに静かになっている。
三人の乗っている車両は四両目。夕方のため、そろそろ最後尾の六両目にある食堂車に人が集まる頃だ。
しかし、三人はまだ室内にいた。
「全く、これは酷いだろ・・・・」
「何がですか?」
レオンは頭を抱えて悩んでいた。今一番の悩みは目の前にいる。
簡単に言えば、将軍がシェランとレオンの部屋を一緒にしてしまったのだ。
・・・・まあ、切符を受け取った時からうすうす感ずいてはいたのだが。
『安心せい』
シェランに聞こえないよう、こっそりとサエが耳打つ。
『もし貴様が氷華に手を出そうものなら、我が貴様をあの世へ送るからのう』
そう言いながらニコニコと笑うサエから出ていた、途方もない殺気は言うまでもない。シェランの指に触れただけで殺されかけるのは目に見えていた。
それで結局、このことについては考えないようにすることがレオンの中では決定したのだった。
『のう、後ろの方には行かぬのか?何やら人が集まっておるぞ』
「別に後でいいよ。ど~せ、人が多すぎて待たされるんだから」
前足を器用に使ってレオンの肩をサエが叩いてくるが、軽くあしらった。サエに説明するため、この列車のパンフレットを取出したシェランのもとにサエは移動した。
「ここが今、私達のいるところで、その後ろがしょくどうしゃだって」
『しょくどうしゃか。一体なんじゃ?それは』
「えっ・・・?う~ん・・・・分らない」
シェランがパンフレットを指さしながら説明しているが、随分とあやふやな説明になっている。どうやらシェランとサエは、色々なことについて疎いようだ。溜息をつき、レオンは話した。
「食堂車は、列車の中で食事が摂れる所だよ。夕食の時間だから、人が多いんだ」
『食事!!氷華、食事じゃ!早く行かぬのか!?我は待ちきれぬぞ!!!』
妙なほどに興奮しているサエ。シェランも微かに頬を染めて嬉しそうである。
「よかったね、サエ。まともな食事なんて、何日ぶりだろうね!」
笑顔でシェランはそう言うが、発言は問題ありである。
「はっ?!二人して何日も何も食ってないの?!」
「うむ」「はい」
それならば今すぐに食堂車へ向かおうと言ったが、別に良いと二人は断った。しょうがないのでレオンはそのまま引き下がり、二人にこの国の仕組みを一から話すことになってしまった。
「まずは、この国の位置から説明するか・・・」
こうして、レオンのペピチェネチカ国講座が始まった。
この国は、日本とアメリカの間、太平洋の中央に位置している。面積はアメリカよりも少々大きい位。五つの島が東西南北とその中央にそれぞれあり、その島にある山。それが柱となってペピチェネチカ国を支える形となっている。
「・・・・で、その面積って言うのが島とその上にある土地を合わせた物なんだ」
白く発光する魔方陣を床に張り付け、そこから映されている映像を指差しながらレオンが説明している。その映像には、ペピチェネチカ国の下にある島や地図が映されている。
「随分と変わった国ですね・・・」
映像を凝視しながら、シェランが驚いている。これはよくある反応だ。
「じゃ、次は簡単な歴史な。さっき話した島と上にある土地の間は、厚い雲で覆われているんだ。だから、海外で航空技術が発展するまでこの国は他国に知られていなかったんだ。そこに島があるってのは分かってたようだけど」
そして、初めてアメリカから日本へ向かって飛行機が飛んだ時。地図に載っていない巨大な島が太平洋にあることを知り、その五つの島を詳しく調べたところ、このペピチェネチカ国が発見されたのだ。
それまで外国では化学が発展しており、そのことを全く知らなかったこの国の人々は魔法を発展させていた。そして、海外から様々な技術、政治形態を学び、今の状態に至る。
「ってことだ。じゃ、次は現在の政治体系な」
「はいっ!先生!」
『さっさと聞いて飯に行くぞ』
いつの間にかレオンを先生と呼ぶシェランである。映像が変わり、今度はヒエラルキーを現すグラフへと変わった。
「この国は大まかに言うと三人の大総統によって統治されている。これは、独裁政治になるのを予防するためだ」
「独裁政治・・?」
『一人の人が国を自由自在に動かすことじゃな』
良い考えだとサエは頷き、話を進めるようレオンを急かす。
「中央司令部は、その大総統の下に大将、中将、少将、准将、大佐、中佐・・・・・と続いている。その他の司令部は将軍が二人トップに立ち、そこから大佐、中佐、少佐、大尉・・・・・ってぐあいに続いてる」
「という事は、将軍は准尉と大佐の間ってことですね」
「ああ、中央以外の司令部のトップだな。その二人の将軍が責任者と言う事だ。じゃ、次はそれとは別にある国家魔術師と科学技術師についてな」
それからの話は少々長かったので要約すると
・国家魔術師は軍事政権になってから始まり、その後海外と交流を持つようになってから科学技術師が始まった
・国家魔術師の仕事は魔法が使用されたと思わしき事件の解決か、科学技術師との合同研究である
・科学技術師の仕事は科学が使用されたと思わしき事件の解決か、国家魔術師との合同研究である
・両方共にランク付けがされており、下からB,A,S,SSとなっている。そのランクは軍上層部の者達が資格試験の成績やその後の仕事の具合によって決定され、上下に変動、又はクビになることもある
・両方共Bなら中尉、Aなら大尉、Sなら少佐、SSなら中佐相当の地位を持つ
・給料はランクや仕事具合によって変わるが、比較的高い賃金が与えられる(仕事に使用したお金は、申請すれば軍が支払う)
「・・・・ま、大体そんなところか」
「私は少佐の地位で、先生が中佐の地位だから、先生が私の上司ですね?」
『そして我は大総統じゃな』
「アホか?糞猫が。そんなわけねぇだろ。・・・・後、いい加減先生って呼ぶのはやめてくれ」
「はいっ!!先生!」
「・・・・」
先程の注意を聞いていなかったのか、元気良くシェランが返事をする。そのにこやかな顔に文句が言えず、大きく溜息を吐くと、レオンは魔方陣とその上に浮かぶ映像を消し去って腰を上げた。
「じゃ、そろそろ飯食いに行くぞ」
そう言ったレオンに続いて、急いでシェランとサエも立ち上がる。
「はい!」
『やっとじゃな!我は待ちくたびれて腹ペコじゃぞ』
綺麗な黒い毛に覆われた腹を撫で、サエはレオンが開けたドアをすり抜けて先に廊下へと出てしまう。
「あっ!コラ!横入りするな!」
怒りながら勢いよくドアを開けてレオンが廊下へ飛び出す。閉じかけたドアを開けてシェランも彼らの後を追う。
「待って下さい!」
そして、また一人の少年と一匹の猫の鬼ごっこが始まった。
「二人とも~!やめてください!他の人に迷惑ですよ~!」