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「公爵位を剥奪後、伯爵位に降格、また領地の一部を没収。それが貴公に与える罰だ」(公爵視点)

「公爵位を剥奪後、伯爵位に降格、また領地の一部を没収。それが貴公に与える罰だ」

「······承知致しました」


 謹慎処分を受けた私は、公爵邸で身動きが取れない状態にあった。身分のこともあり、捕縛されずに済んだものの、監視が全くないわけではなく。


 王太子の命を受けた騎士達が私の監視を行い、事情聴取を執り行った。使用人達は困惑し、私の身を案じていたが、何ができるわけでもなく。屋敷内は広い牢獄の様相を呈していた。謹慎処分はたった数日だったが、感覚的には倍の長さに思えた。


 そんな中、王太子自らが護衛を引き連れた上で、処罰を伝えにきたのだ。人払いさせた後、王太子は単刀直入に切り出した。


 その処罰の内容に違和感を拭えずにいると、


「不服か?」


 王太子が私に聞いてきた。


「いえ······」


 私は頭を振る。


「むしろ、もっと重い処罰が下ると考えていました」


 王家が勧めた相手に白い結婚を強要。また、妻にそれを白日の下に晒され、離縁を要求されたのだ。挙げ句の果てには、首謀者と目されていた家門の無実を、妻に主張される始末。王家の顔に泥を塗ったどころの騒ぎではない。爵位を剥奪された上で、家門の断絶及び自身の首が飛ぶものだとばかり考えていた。


 にもかかわらず、この処罰はあまりに穏当に思えるものだったが。


「そうでもない」


 王太子はその考えを否定する。


「没収する領地は約四割。これら全て王家の私有地になった後、適当な者に振り分ける予定だ」

「······ッ」


 一瞬、息が詰まった。


「全て没収しなかったのは、不必要な混乱を極力避ける為だ」


 領地は家門が受け継ぎ、守護してきたものだ。それを没収され、あまつさえ他の貴族に割譲される状況は、家督を継いだ者としては大変な屈辱であり、恥である。その上、爵位まで格下げされるのだ。いっそ、処刑された方がまだしも優しい処罰だったと言えるだろう。


「貴公の振る舞いを受けて、厳罰を叫ぶ者もいたが」


 王太子は私を見て、目を細める。


「貴公の父である先代当主は先王によく仕えてくれた。その功を蔑ろにするつもりはない」

「······ご厚意、痛み入ります」


 亡き父を引き合いに出され、なんとも言えない感情が湧き上がりそうになり、寸でで呑み込んだ。


 苦いものが口の中に広がった気がした。


 爵位の降格と領地の没収と割譲。


 公爵家が治める領地は、父が先王に仕えていた頃、賜った土地が大半だった。にもかかわらず、息子の不始末で、その四割も失われてしまうのだ。生きていれば、発狂していたかもしれない。母は生きているが、気にも留めないだろう。家督を継いだ息子を置いて、愛人と再婚するような人だ。自分に火の粉が降りかからない限り、こちらに干渉することはない。


 夫婦という形を取りながら、どこまでも他人であり続けていた人達。両親の姿はもはや輪郭すら伴わない。肖像画がなければ、顔が思い出せない間柄だった。唇を噛み締める。思い出す必要はない。それよりも、気になっていたことがあった。


「妻は、」


 王太子妃に『客人』として招かれて以降、一度も顔を見ていない。最後に見た妻の姿を思い出す。


「妻の処遇はどうなりましたか」

「『侯爵令嬢』だ」


 王太子は静かに否定した。


「事前に通達があった筈だが、彼女の身分は既に『公爵夫人』から『侯爵令嬢』に戻された」

「······ッ」

「彼女は既に貴公の妻ではない」

「申し訳ございません」

「いや、いい。離縁した直後だ。今後は気をつけろ」

「承知致しました」


 王太子が公爵家に訪れる以前、教会の人間が離縁が受理されたと報告に訪れたのだ。公の場で離縁を迫られたのだ。白い結婚だった件も考慮され、私と彼女との婚姻はなかったことにされたと言う。


 未だに実感が湧かない。


「それで、侯爵令嬢の処遇はどのようなものになりましたか?」

「······ああ」


 王太子が淡々とした声で、相槌を打つ。


「彼女は隣国に渡ることになった」

「······は?」


 王太子の前だと言うのに、間抜けな声を発してしまった。


「今は客人として、妃から隣国の話を聞いているところだ」


 国について知ろうとするのならば、王太子妃が一番詳しい。本国の人間なのだからと。王太子が説明していく。なのに、思考が追い付かない。


「日程が決まり次第、彼女はこの国を出る」

「お、お待ちください!」


 焦燥感に駆り立てられ、立ち上がった私を見て、王太子の後ろに控える護衛が剣の柄を握った。王太子が片手を上げ、制止しなければ、切っ先を向けられていたかもしれない。


「公爵」


 たった一言。

 有無も言わさぬ声で、我に返った。


「申し訳ございません」

「構わん。座れ」

「はい、ですが、」


 応接室の長椅子に腰掛けながら、私は王太子を見た。


「何故、侯爵令嬢を隣国に引き渡すような真似を······?」


 一瞬の静寂。


「······貴公も知っているとは思うが、」


 王太子が徐に口を開く。


「我が国と隣国の和睦が成立した際、王太子妃として王女が迎えられた。そして、隣国には末の王子が送られた」

「······ええ、存じ上げております」


 私は頷いた。


「国境付近で賊の襲撃に遭い、王子殿下が亡くなられたと」

「ああ、酷い有り様だった」


 王太子の口調は感情を乗せていない、淡々としたものだった。


「末の王子を襲ったのは、反王家派の者達だった」


 思わず息を呑む。


「確かですか?」

「ああ、調査団が調べ上げた情報だ。まず間違いないだろう」

「······」

「反王家派は謂わば、先王を支持していた連中だ。我が国が隣国と和睦を結ぶことを心よく思っていなかったからな」


 先王の負の遺産は、言い換えれば領土拡大と言う偉大な功績の裏返しでもある。なまじ先王はその道にかけては『優秀』だったが故に、隣国との徹底交戦を望む者がいる。先王に心酔する亡き父の姿が脳裏を過ぎる。


「何より、あれは国境付近で起きたのだ。事の真相を追及しなければ、隣国との和睦が水の泡になってしまう」

「故に、侯爵令嬢を亡き王子殿下の身代わりにされるのですか?」

「ああ、そうだ」


 王太子はあっさりと認めた。


「隣国は王女を差し出した。それに見合う相手をこちらも送らなければ、和睦が拗れる恐れがある」

「ですが、何故侯爵令嬢なのですか」


 別の相手でもよかった筈ではと暗に言えば、王太子は否定する。


「私を含めた王族は既に相応の相手を迎えている」


 金銭を差し出すことはできない。和睦が成立した際、相応の賠償金を支払った後だった。対等であると証明する為に、見合う相手を差し出す必要がある。王族が向かわせることができないのならば、王族に近しい関係者を当たる他ない。


 そう、


「侯爵家は王家の血筋を受け継いでいる」


 何代か前の侯爵家当主が王女を妻に娶っていたのだ。侯爵令嬢はその子孫に当たる。


「何より彼女は一時期、次期王太子妃としての教育を施されていた。彼女の優秀さは周知の事実だ」

「だから、隣国に引き渡すのですか?」

「ああ、そうだ。彼女ならばきっと役目を果たせる筈だ」

「王太子殿下は、」


 喉が引き吊るような痛みが走った。


「和睦が成立したとはいえ、未だ情勢が落ち着いているとは言い難い状況です。そのような場所に侯爵令嬢を向かわせるおつもりですか」

「ならば、貴公は別の相手を差し出せばいいと?」


 王太子の静かな眼差しがこちらを射貫く。


「これは彼女に与える相応の罰だ。でなければ、彼女は修道院送りか、縛り首が妥当だ」

「な、」

「王家が整えた縁談を、あろうことか王家主催の舞踏会で台無しにしたのだから、当然の結果だ」

「ですが、あれは、」

「ああ、確かに貴公が先に離縁を言い出したのだとは聞いている。しかし、広大な領地を持つ者を切り捨てれば混乱は必定だ」


 ならば、当然の如く侯爵令嬢に全てを贖わせる必要があった。


「だが、彼女は王家の遠縁であり、一時期とはいえ、次期王太子妃として教育を施されていた。その彼女を公に罰すれば、王家の名誉に傷がつく恐れがある」


 醜聞沙汰を避けると言う目的もあって、彼女には『役目』が与えられたのである。


「ですから、彼女を隣国に向かわせるのですか?」

「ああ、そうだ」

「王太子殿下は、」


 呑み込みかけた言葉を結局、発してしまう。


「心配ではないのですか」

「······心配?」

「侯爵令嬢は王太子殿下の元婚約者だった筈では、」

「私の妃は一人だけだ」


 王太子は私の言葉を遮った。


「無論、世継ぎの件もある。万が一の場合は側室を娶らなければならないが」


 王太子は目を伏せ、紅茶に口をつける。


「彼女は確かに私の元婚約者だが、何故心配する必要がある?」

「!」

「王太子である私が案じるべきは国の安寧。それだけだ」


 静かな目と声は、現国王を彷彿させる。先王とはまるで違うと、苛立つ父を何故か思い出した。


「似た話ではあるが、貴公には縁談を受けてもらう」

「······縁談?」


 何故、そんな話になる?


「王太子殿下、私は王家の縁談を蔑ろにした愚か者です。そのような者が妻を娶る権利など、」

「公爵」


 王太子は言った。


「貴公が何をしたのかは知っている」


 喉元に刃物を突き刺された気がした。


「······何の話でしょうか」

「貴公の功を労いたいと言うのが、父上のお考えだ。しかし、表立って貴公を讃えるわけにはいかない」


 問い返したにもかかわらず、王太子は構わず話を続けた。その目を見て、確信した。


 知られている。

 私が先代の公爵を手にかけてしまったことを。


「故に、家の存続を許可された」


 これは監視だ。

 『後妻』に私を見張らせるつもりなのだ。


「貴公も貴族の出であれば、家の存続を第一に考えろ」


 離縁した後、私が公爵家を存続させるつもりがないことすら見抜かれている。


「ああ、それと、」


 王太子の静かな眼差しが、こちらを見た。


「次こそ、妻は大切にするように」


 二度目はないと。

 言外に含まれた意図を察した私は、


「······承知致しました」


 次期国王となる青年に頭を垂れた。

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